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柚子は思い出していた。
骸を責めようとする冥の前に立ち塞がったときのことだ。
「お前もあたしに逆らおうっていうのかい?」
柚子にそう言った冥の顔は激しい怒りに歪んでいた。
柚子は恐怖を感じた。
よくよく考えてみれば、冥が柚子を傷つけないという保証はひとつもないのだ。
それでも柚子は骸の前から退かなかった。
自分でも不可解だった。
ただこれ以上、骸が冥に打ちすえられるのを見たくなかった。
柚子は身体中の勇気を集め、きっと冥をにらみ返した。
「ちっ」
冥が舌打ちした。
振り上げていた右手をゆっくりと下ろす。
「分かったよ」
冥の顔から徐々に怒りが消えていく。
「今回はお前に免じて許してやる。その代わり、今度あたしに逆らったら…」
冥は柚子の後ろの骸に声をかけた。
「ただじゃ済まないよ」
それを聞いた骸は情けない泣き声のようなうめきを洩らした。
冥の機嫌は元に戻った。
「さあ、それじゃあ続けようか。まさか本当にやめるなんて言わないだろうね?」
冥の言葉に柚子は黙って頷いた。
(覚悟を決めなくては…)
柚子は思った。
(鬼道信虎から全てを奪い、失意のどん底に叩き墜とす。そのうえで殺す。そのためには手段は選ばない。例え誰かを傷つけようとも。鬼になる…。信虎以上の鬼にならなければ…)




