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慎之助は前方に立つ大きな影を見るや「むっ」と一声うなって、抜刀した。
「何をしている! 荷を守れ! 賊を斬り捨てろ!」
慎之助の檄に侍たちの呪縛が解けた。
集まってきた侍たちを含め十人が刀を抜き、影に向かっていく。
影が動いた。
太い両腕を振り上げ、この世のものとは思えぬ咆哮を発した。
あまりの声の大きさに空気がびりびりと振動し、耳をやられた何人かの侍が刀を落としそうになった。
この怒声によって再び金縛りの状態となった侍たちに向かって、声の主が飛び込んだ。
侍たちは、ようやく影の正体を間近で見た。
薄汚れた布を全身にぐるぐると巻いた大男だ。
布の隙間から覗く血走った両眼が、侍たちのそれとかち合った。
敵の異様さに侍たちの背筋は凍った。
そこから先は、さながら地獄絵図のような光景が繰り広げられた。
異形の大男、すなわち骸が九鬼慎之助たちを襲う少し前。
荷車が通る山道の脇の草むらに柚子、骸、冥の姿があった。




