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以前の城主と違い、信虎は気性が激しい。
積み荷を奪われれぱ、待っているのは主命による死である。
護衛の侍たちは命懸け、それこそ不退転の決意で任に当たっていた。
「急げ、急げ!」
侍たちを率いる立場である九鬼慎之助の苛立ちは、とっくに限度を越えていた。
最後尾に陣取り何度も檄を飛ばす。
慎之助の脳裏には新たな主君、信虎の冷酷な顔が、ちらちらと浮かんでいた。
慎之助は信虎の謀反の際、いわゆる日和見をしていた一人だった。
態度を決めかねたのは若年のせいもあったが、主君である小諸義時に対する忠誠心が薄かったからだ。
戦国武将として取り立てて優れた才覚の無い義時に慎之助は常日頃から、物足りなさを感じていた。
その点、信虎は充分な実力を持っている。
慎之助の心は揺らいだ。
迷っているうちに義時は信虎に討ち取られ、結果、慎之助ら中立派は信虎配下に加えられた。
ようやく、慎之助の心は決まった。
新たな主君に忠誠を誓ったのだ。




