54
「さあ、行くよ」
冥が言った。
何の感情も無い声だった。
三人の乱入者は大広間を去った。
ほどなく松葉屋は、逃げだした客の報せを受けた役人と野次馬たちで騒然となったが、その頃には三人はすでに郊外へと移動していた。
雑木林の中に入ったところで、柚子が耐えていた涙をとうとうこぼし始めた。
一度、堰を切ると涙は止めどなく頬を濡らす。
柚子は歩みを止めた。
冥と骸も止まる。
柚子はその場に座り込み、地面に顔を向け嗚咽を洩らし始めた。
「あーあー」
冥が呆れた。
「困った娘だね」
泣きじゃくる柚子に骸はおろおろとなる。
柚子に近寄って慰めるつもりなのか、そっとその肩に触れた。
勝蔵を一撃で殴り殺した拳が今は細心の注意でもって、柚子に触れている。
「まだ、先は長いっていうのに」
冥の声は柚子には届かない。
柚子は、以前に会った古寺の住職と別れたときを思い出していた。
住職は雲次の死体を手厚く葬った後で、出発する三人を見送ってくれた。
「どうしても行くのかな?」
住職は言った。
柚子を見つめる瞳は慈愛にあふれている。
親が子供を見る眼のようだ。
「違う道もありますぞ」
住職は何かを見抜いているのだろうか。
「はい」
答えた柚子は眼を伏せた。
住職をまともに見ることが出来なかった。




