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大男の口が開き、猪熊の悲鳴をかき消す大声で咆哮した。
猪熊を捕らえた両腕に力が込めらていく。
猪熊の肋骨が、枯木のような音を立て次々と折れた。
猪熊の口から大量の血が吐き出される。
折れた骨が内臓に突き刺さったのだ。
「むうっ」
猪熊はうめいて動かなくなった。
何とも、むごい死にざまだった。
大男が両腕を緩めた。
猪熊の死体が畳へと落ちる。
二人の闘いをずっと窺っていた勝蔵は猪熊が倒されたと見るや、番頭と若い新郎新婦を置き去りにして一人だけ逃走を計るべく、参列客の出ていった襖へと走りだした。
「あっ」
勝蔵は何かにつまずいて、その場に転倒した。
慌てて起き上がろうとした勝蔵のそばに、いつの間にか童女が立っていた。
童女が勝蔵の足を引っ掻けたのだ。
倒れた勝蔵を童女が見下ろしている。
猫のような大きな瞳が、きらりと光を放った。
「自分だけ逃げようとはね」
童女が言った。
口元が微かに笑っている。




