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腕に自信はあったがなかなか仕官の口は見つからず、このときすでに三十を越えていた。
本人もこのままどこかで朽ち果てるのではないかと半ばやけになっていたところに、松葉屋が腕のたつ者を集めていると聞き、食い扶持稼ぎに雇われたのだった。
黒布の大男の得体の知れぬ強さに、ここしばらくは何をしても面白くなかった猪熊の血が騒ぎだしていた。
「参る」
刀を八相に構え、猪熊は大男の前に立った。
殺気を全身から放出する猪熊に対して、大男は呆れるほどの無造作な動きで距離を詰めた。
両腕を前に突き出し、猪熊を掴もうとする。
大男の包帯を巻いた両腕が自分に届くぎりぎりの距離まで、猪熊はじっと待っていた。
「きぇぇぇーーっ!!」
激烈な気合いと共に撃ち出された猪熊の斬撃は、大男の頭部へと深々と入り込んだ。
脳天から頭の半分ほど、鼻の辺りまでを縦に斬り割った形となった。
刀はそこで止まった。
猪熊を充実感が満たした。
(勝った)
手応え充分。




