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「裏切り者っ!」
柚子が伝兵衛を罵った。
笠を脱ぎ、顔を露にする。
弟の武丸と双子のようによく似た顔だちであった。
武丸よりもやや年長のため、蕾の開き始める花のごとき可憐さを持っている。
柚子は美しかった。
その美しい顔も今は憎しみに歪んでいる。
「おお、柚子姫様。相変わらずお美しい」
柚子の顔を見て、伝兵衛の瞳に怪しい色が浮いた。
ぺろりと唇を舐める。
「しらじらしいことを…父上への恩を忘れてぬけぬけと」
「下克上は!」
伝兵衛は声を強めた。
「戦国の世では当たり前。お父上の最後はお気の毒。されど、それはそれ、これはこれ。今のわしの主君は鬼道信虎様」
「鬼道信虎」の名を聞いた柚子の顔が、さらに激しい怒りに歪んだ。
「信虎め!」
柚子が言った。
柚子と武丸の父、小諸義時を謀反によって討った小諸家家老、鬼道信虎こそが二人にとっての仇であった。
武丸は無言で刀を構え、姉を庇いながら周りを窺っている。
武丸の両足はガタガタと震えていた。