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大虫の血しぶきをいくらか顔に浴びた幻斎が口を開いた。
「児戯にございます」
恐ろしく、しわがれた声だった。
それでいて何を言っているかは分かる。
「児戯とな…」
幻斎の言葉に冷静さを取り戻した信虎が、落ちた大虫の首に眼をやった。
首を拾い上げる。
「偽物か」
ようやく合点がいった。
造り物の頭である。
「血は?」
「獣の血にて」
幻斎が答えた。
「面白い」
信虎が笑った。
刀を鞘に納めた。
「児戯にはございますが、この者の報せによって相手の様子が分かったのも事実。今一度だけ機会を与えようと思いまする」
幻斎の提案に信虎は頷いた。
「好きにせよ。ただし…」
信虎の両眼が、ぎらりと光った。
「必ず柚子を殺せ。万にひとつも禍根は残せん」
「ははっ」
首なしの大虫が言った。
「さがれ」
信虎の命に大虫は姿を消した。
信虎と幻斎、二人の影だけがろうそくの明かりで壁に映しだされる。
「柚子の居場所は分かるのか?」




