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これが幻斎であった。
齢、七十は越えているであろう。
髪はほぼ抜け落ち、しわ深い肌には茶色いしみが無数に浮かぶ。
右眼に黒革の眼帯。
残った左眼は閉じられていた。
口を横一文字に結び、じっと黙っている。
修験者の装いであった。
「よくもぬけぬけとわしの前に姿を見せられたものだな」
再び信虎の低い声。
「ひらにご容赦を」
大虫の身体が縮んだ。
心底、信虎を恐れている。
否、隣に座る幻斎を恐れていると言うべきか。
「面を上げよ」
「はっ」
大虫が頭を上げると同時に信虎の腰の刀が鞘走った。
見事な斬撃が大虫の首をはね飛ばす。
大虫の頭が転がり、斬られた首から血が飛び散った。
「役立たずめがっ」
信虎が吐き捨てた。
「面目ございません」
大虫が頭のない身体を平伏し謝った。
声が全く乱れていない。
「むっ!?」
これにはさすがの信虎も色を失った。
「奇っ怪な…」
そう言って絶句した。




