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本堂を出ていく住職の背に消え入りそうな声で柚子が「ありがとうございます」と言った。
住職は振り返り、にっこりと笑った。
古寺の狭い庭に骸は居た。
窮屈そうに両足を両腕で囲い込み座っている。
骸の両眼は本堂の入口から覗く柚子の姿をじっと見据えている。
目を離さない。
本堂から住職が出てきた。
住職はちらりと骸を見たが何も言わず、寺と繋がっている自らの寝所へと姿を消した。
骸は動かない。
本堂の中では柚子がこれもまた、まんじりともせずに座っているのが見えた。
「お前、あたしとの約束を忘れてないだろうね?」
骸の前に立った者が居る。
冥だった。
背が低いので骸の視線を遮ることは出来ない。
骸が冥を見下ろした。
「う…う…」
小さく唸った。
冥のつり上がった眉が緩む。
妖しい色気を含んだ大きな瞳が骸の血走った瞳と合った。
「分かってるならいいんだよ」
優しい声だった。
「あとは柚子次第さ。さっきの忍び。まだ生きてたよ」




