26/180
26
信虎が義時を裏切った。
十年の間に信虎は密かに義時の家臣を手なずけ、我がものとしていた。
遅効性の毒物がゆっくりと小諸家を蝕んでいたのだ。
気づいたときには骨が溶け、牙も抜け落ちていた。
義時は最後まで忠誠を貫いた僅かな家臣らと共に抵抗したが、無惨に敗れた。
柚子は弟の武丸と護衛役の右京、左門と落城寸前の小諸城より脱出した。
信虎は追手を放った。
義時の息子、武丸を殺害するのは、この時代は当然である。
男子を根絶やしにしなければ復讐の花を咲かせることとなる。
信虎が他の戦国武将より残酷と言えるとすれば、武丸だけでなく柚子の命も奪うよう命を下したことか。
女は出家すれば命まではとらない、これもまた当然であった。
(おのれ、信虎)
柚子の頭は憎しみで満ちていた。
右京、左門、武丸と逃げているうちは、まだどこか現実を受け止められず、夢の中の出来事に思えた父母の死が伝兵衛の出現によって一気に胸を貫いた。




