174
骸の瞳が正面に立つ信虎と柚子を見た。
「ほら、いくよ」
冥がかけ声と共に骸の頭を前方に放り投げた。
「があああああああっ!!」
骸の頭が空中で叫んだ。
歓喜と怒りの混じりあった、言葉としては意味をなさない大声であった。
大口を開けた骸の頭が加速した。
すさまじい勢いで信虎の顔へと、ぶつかっていく。
「ぎゃっ!!」
信虎が悲鳴を上げた。
骸の口が信虎のこめかみを一気に噛み潰したのだ。
頭蓋骨を粉砕され、信虎は絶命した。
信虎と柚子を捕らえていた風が消えた。
死体となった信虎は柚子から手を離し、地に倒れた。
骸の頭も転がり落ちる。
柚子は自由を取り戻した。
信竜と兵たちを拘束していた風も消失していた。
信竜は柚子へと駆け寄ったが、兵たちは自分たちを襲った現象への恐怖から抜けきれず、その場で呆然となっている。
背後から抱きしめる信竜の両手に引き寄せられた柚子の視線は、地面へと注がれていた。
転がり落ち、上を向いた骸の頭。
骸の顔は笑っているようだった。
柚子と骸の眼が合った。
骸の恐ろしい顔に似合わぬ優しい両眼が柚子の記憶を刺激した。
(この眼…)
信虎を討つまでは、何度、覚えがあると思っても思い出せなかった。
それが今はどうだろう。
復讐という重荷を下ろした途端。