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誰一人として、信虎の命令に従える者は居なかった。
「おのれっ!!」
信虎が怒鳴った。
心なしか声が震えていた。
「信竜っ!! その餓鬼を殺せ!!」
信虎の叫びは信竜に聞こえている。
だが、信竜の四肢もすでにおぞましい生きる風によって自由を奪われていたのだった。
「くっ」
信虎も信竜の様子に気づいた。
「柚子が死んでもいいのか!」
信虎がそう言ったときには、妖しい風が信虎の全身に絡みついていた。
「誰が誰を殺すって!?」
冥のけたたましい笑い声が、その場に響き渡った。
信虎を拘束している風は柚子の身体にもまとわりつき、自由を奪っていた。
自らの意志で動けるのは冥だけだった。
「さあ、とっとと片付けようか」
冥が、ぞっとする笑みを浮かべた。
冥が地面から何かを拾いあげた。
骸の頭である。
信竜の大刀で真っ二つに斬り割られた頭を冥は骸の胴体から、いとも簡単に引きちぎった。
「お前がけりをつけなくて、どうするのさ」
冥が骸の頭に語りかけた。
醜い骸の頭は何も答えない。
「余計なエネルギーを使わせるんじゃないよ」
冥が「あっ」と自分の口を押さえた。
「あたしとしたことが本体みたいなことを言っちまったよ。ああ、いやだ、いやだ」
冥の細い両腕が骸の頭を高く持ち上げた。
冥が眼を閉じる。
しばらくすると骸の頭が青白い光を発し始めた。
何ともいえず美しい光だ。
「さあ、起きな」
骸の頭を縦に割っていた傷が、いつの間にか消失していた。
醜い顔が、ぴくぴくと震えだす。
閉じていたまぶたが勢いよく開いた。
骸の口から低い声が洩れる。
「おお………」
薄茶色く汚れ血走った眼球が動き、眼の焦点が合っていく。