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信竜は大きく息を吐いた。
必殺の一撃は正確に骸の頭部を真っ二つに断ち割った。
骸の動きが止まるのを見てから、
信竜は振り向いた。
柚子を人質にとった信虎と相対する。
「よくやった、信竜」
信虎が笑った。
その表情に信竜は激しい憎悪と吐き気を覚えた。
本陣での異常に気づいた兵たちが集まってきた。
彼らは死傷した仲間たちの姿に驚き、その後、自分たちの大将の元へと駆けつけた。
信竜と信虎、柚子を囲む兵の輪が出来上がった。
「ようやく、わしの役に立ったな」
信虎が言った。
柚子が信虎の手の内になければ、信竜は野獣の速さで信虎の首をはねていただろう。
噛みしめた唇は裂け、血を流し、こめかみの血管は破裂せんばかりに脈打った。
眼、鼻、口、あらゆる毛穴から血が噴き出す思いであった。
「仕上げだ」
信虎が笑った。
勝利を確信している表情。
「自ら死ね」
「信虎っ!!」
信竜が吼えた。
予想はしていた。
自分の父親がどんな男かは百も承知している。
それでも。
それでも吼えずにはいられなかった。
「外道め」
「何とでも言え。戦は勝てば良い。勝てば正義となる」
信虎は淡々と答えた。
信竜を見る眼は氷のように冷たい。
「柚子様のお命だけは」
「分かっておる。殺しはせん。約束しよう」
嘘をついている。
信竜には、すぐに分かった。