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信虎に言われるまでもなく、信竜は倒れた骸のそばに立った。
大刀が閃く。
柚子へと伸ばした骸の左腕が、手首の部分から斬り落とされた。
苦痛にうめく骸。
しかし、前進はやめない。
信竜が骸の前に移動した。
骸からは、信竜に遮られ柚子の姿は見えなくなった。
が、まるで信竜の身体を見通して後ろを見ているように骸は必死で進んだ。
醜いぼろぼろの顔が必死の形相でさらに醜くなっている。
信竜は骸の顔を見た。
その眼を正面から見つめた。
(何故だ)
信竜は思った。
(俺はこの眼を以前にも見たことがある)
初めて骸に遭遇したときの感覚は確信に変わった。
しかし何処でいつ見たのか?
それが思い出せない。
信竜の胸中に広がる感情は嫌悪ではなく、穏やかなものだ。
外見は恐ろしい怪物の骸が、どういうわけか敵とは思えない。
(何故だ!!)
「信竜っ!!」
信虎の怒号が信竜の思考を中断させた。
「早く殺せ!!」
信虎の刀が柚子の首に薄い傷をつけ、血が流れだす。
信竜は雑念を捨てた。
大刀を大上段に構え、骸の頭へと一気に振り下ろした。
鋭い風切り音と共に信竜の斬撃は骸の頭部を真っ二つに割った。
骸は地に伏せて。
動かなくなった。