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全ての兵が殺されるか、重傷を負うか、あるいは逃走したため、骸の周りに満足な状態で立っている者は居なかった。
否。
たった一人だけ無傷でその場に立つ者が居た。
信竜だ。
最初の骸の落下は信竜を外し、その後は骸に気をとられた兵たちに襲われることもなく立ち尽くしていたのだ。
骸が信竜を救った形となった。
「信竜っ!!」
信虎が叫んだ。
「その化け物を殺せ!!」
柚子の顔を信竜によく見えるように突きださせ、首筋に刀の刃を当てた。
「くっ」
信竜がうめいた。
激しい憎悪が浮かぶ。
信竜が両眼を閉じた。
ゆっくりと深呼吸する。
再び眼を開けたとき、信竜の心は決まっていた。
「おいっ!!」
信竜が骸へと吼えた。
「俺が相手だっ!!」
骸の方はといえば信虎に捕らわれた柚子を見つめ、再び動きだした。
とにかく柚子の元へ行きたいのか突進していく。
信竜も動いた。
骸と信虎らを結ぶ線上へと走り、骸の前に立ち塞がった。
邪魔者に気づく様子もなく骸は突き進む。
このまま進めば骸の巨体の勢いで信竜は吹き飛ばされるだろう。
信竜が大刀を構えた。
眼前に骸が迫る。
「おうっ!!」
信竜の気合いと共に、その身体は横に飛んだ。
骸にぶつかる寸前に自ら身をかわしたのだ。
すれ違いざま、信竜の大刀が骸の太い左脚へと斬り込んだ。