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信竜が怒声と共に背中の大刀を抜いた。
そして、前方の肉の壁へと飛び込んだ。
すさまじい斬撃が前衛の兵たちの首をはね飛ばし、竜巻の如く信竜は前進した。
突き、斬り、叩きつける。
それらを繰り返し、次々と兵を倒していく。
けして兵たちが弱いわけではない。
彼らとて幾多の戦を生き抜いた強者なのだ。
だが、信竜の気迫は遥かにそれを上回っていた。
信竜に殺された兵のほとんどは相手の攻撃を防御する間もなく、刃に倒されている。
五人、十人、十五人。
ついに信竜の前進が止まった。
怒りによって倍増された力も無限ではない。
信竜の息は荒くなり、両肩が上下しだした。
信虎の兵たちも敵の圧力が弱まったことに気づいた。
ばらばらと横に広がって信竜を包囲した。
無数の刃先が信竜に向けられ、進退を封じる。
「一人で来るとは。思った以上の愚か者よ」
停滞した戦闘の中、信虎の声が響いた。
兵たちの肉の壁の後ろに居るため、信虎と柚子の姿は信竜からは見えない。
「どうやら幻斎とは入れ違ったようだな」
信虎が続けた。
「結局は同じことよ。父に逆らった報いを受けるがいい」
「………」
信竜は答えなかった。
信虎に怒鳴り返す力すら、今は惜しい。
倒した兵の倍は居るかと思われる残りの兵を斬り、柚子を助け出さねばならないのだ。