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信虎に対して、果たしてどれほどの時を稼げるのか?
急がなければ炎のような気性の信虎のこと、本当に柚子を斬り捨てるやもしれぬ。
怪しまれない細心の注意を払いつつも、自然と信竜の足は速まった。
いくつか、ひやひやとするところはあったものの殺気立つ兵たちを上手く避けながら信竜は信虎の本陣へとたどり着いた。
陣幕の周りには数十人の兵が幾重にも警備を固めている。
さすがにこの先に進むには乱闘騒ぎを覚悟するしかないか?
それでは柚子に危険が及ぶ恐れがある。
信竜は考えた。
しかし。
(行くよりない)
心を決めた。
警備の兵たちは堂々と近づいてくる信竜に眼を止めた。
「待て」
兵の一人が信竜に声をかけた。
正面に立つ。
「お前、誰だ?」
体格の良い兵が信竜に問うた。
信竜は答えない。
黙ったままだ。
「顔を見せろ」
兵が語気を荒げた。
信竜の兜に手を伸ばしてくる。
(殺るか)
信竜が背の大刀を握り、兵の首をはね飛ばすかと殺気を発散した、そのとき。
別の兵が二人に近寄ってきた。
その兵は信竜の前に立つ兵のそばに来ると、何やら耳元で囁いた。
「通せだと?」
囁かれた兵が言った。
兵は眉間にしわを寄せ、いぶかしげな表情を見せたが、さっと信竜の前から身を引いた。
(?)
信竜も不可解だった。
が、今や進路は開けた。