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冥の生命を吸いとり若返った幻斎の身体が、再び老いていく。
あっという間に元の幻斎の容姿に戻り。
そこで終わらない。
髪が抜け落ち、しわだらけとなった顔の肉が干からび、隻眼は水分を無くし眼窩から転がり出た。
冥の顔を掴む手も、かさかさの干物となった。
一言も発することなく異能の老忍は死を迎えた。
彼の常人ならざる不思議な力が、いつの頃からどのようにして発現したのか?
その問いに答える者の居ない今、全ては何人も知ることが出来ないものとなった。
骨と皮だけに成り果てた幻斎を襲う老化は止まらない。
さらに進み、骨が砂の如く崩れだした。
幻斎だった物体は粉々になり、地面に小さな山を作った。
忍び装束が、その上に落ちる。
「たった、これっぽっちかい? 腹の足しにもならないじゃないか」
冥が笑った。
「さて。こっちじゃないなら、骸の方へ行ってやらないとね」
冥の姿が、その場から消え去った。
信虎の陣中へと忍び込む、具足に身を包んだ者が居た。
信虎軍の具足を着けたその男は兜を深々と被り、時々すれ違う信虎軍の兵に顔を見られぬよう細心の注意を払っていた。
信竜である。
自らの陣を藤十郎に任せ、単身、敵地へと潜入したのだった。
何よりも柚子を救い出さねばならない。
そのためには己の命も戦の勝敗も全て投げ打つ覚悟の信竜であった。
(柚子様…)
信竜の口は決意によって真一文字に結ばれている。
前線にて倒した信虎軍の兵の具足を奪い、外見は上手く整えた。
背負った大刀だけは自らが持ち込んだ物だ。
骸の右腕を切断した魔祓いの大刀。
信竜は信虎の本陣を目指して、ぐんぐんと敵中を進んだ。