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小さな老女、冥の顔面を掴んでいるのは、もはや老人ではなく青年忍者、幻斎であった。
大山城から柚子を拐った男。
その正体は若返った幻斎だった。
若き幻斎の口元が緩んだ。
老人の幻斎は全く見せたことのない、感情の発露だ。
「さらばだ」
幾人もの手下を惨殺された敵を片割れとはいえ、自らの手で倒したことへの満足か。
確かに幻斎は笑っていた。
(信竜は信虎様のところへ向かったか?)
急がねばならない。
冥の頭を離して、その場に打ち捨てようとした。
が。
「むっ?」
離れない。
右手のひらが冥の顔から少しも動かない。
何か強力な力で張りついている。
幻斎の顔が歪んだ。
背筋に氷柱を差し込まれたような感覚に襲われたのだ。
何度か味わったことのある感覚。
死の危険が迫ったときの警鐘が頭の中で、がんがんと鳴り続けていた。
右手を離さなければ死ぬ。
忍びの本能が、そう言っている。
だが離れない。
それどころか、それほど体重がないはずの冥の身体が、まるで鉄の塊の如く動かない。
本来なら簡単に持ち上げられるはず。
離れずとも、童女の細く頼りない首を折ることも可能であろう。
しかし、動かない。
「あははははは!!」
顔面を掴まれた冥が笑った。
幻斎の耳を突く、けたたましい笑い声だ。
老女の容姿から発せられたが、元々の声。