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ほんの僅か横を幻斎の頬が、すり抜けていくのを藤十郎は見た。
幻斎が藤十郎の背後へと動く。
「うっ」
藤十郎が小さく、うめいた。
ぴゅうという音と共に藤十郎の首筋から細い血しぶきがあがったのは、その直後だった。
すれ違いざまに幻斎の刀が首の血管を切断していた。
「うぐっ」
低くうなり、片ひざを地に着き、藤十郎はどうっと前のめりに倒れた。
そして動きを止めた。
幻斎の顔には藤十郎を仕留めた感慨は微塵もない。
それよりも。
(信竜は?)
それが重要であった。
使命は果たされていない。
幻斎は七人の死体を置いて、再び自軍の陣地へと人とは思えぬ速さで戻り始めた。
幻斎の高速の歩みが、ぴたりと止まった。
忍びの超感覚とでもいうものか?
危機が自らに近づいていることを幻斎は敏感に察知し、身体がそれに反応したのだ。
前方に尋常ならざる殺気。
幻斎の隻眼が闇夜に注がれ、その出所を探す。
過密な木々の先に殺気の主が見えた。
この場にそぐわぬ童女の姿。
幻斎の五感が目前の童女を最大の危険であると告げていた。
見た目の先入観を即座に捨て去り、全身の緊張を強める。
「外れか」
冥が笑った。
「柚子の気配を探ったら、二つに分かれたのさ。骸のほうが当たりだったようだね」
冥は無造作に幻斎に一歩、近づいた。