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信竜は信虎の要求に応え、柚子のために我が身を差し出せば確実に首をはねられる。
柚子を見放し、戦へと軍を動かすなら幻斎に殺される。
信竜の死は避けられぬ運命だ。
幻斎に心の迷いはない。
信竜が七つの頃よりの長い縁であったが、幻斎との間に何の心の交流も存在しなかった。
馬が合わないというのとは少し違う。
信虎と信竜の如く激しく憎み合うでもない。
お互いの存在を知りながら、干渉することは皆無であった。
最初から分かりあえぬ予感が二人の胸の中にあったのか。
信竜も幻斎も信虎の延長線上に相手が居る。
それだけだった。
信竜を殺害する。
この一事において幻斎の感情は何の動きもない。
いつものように信虎の敵を排除するのみだ。
幻斎の走る速さが徐々に落ち始めた。
信竜の本陣が迫っている。
自然、厳重となる守りに対して、速さは無くしたものの更に隠密さを増した幻斎は今や、夜の闇そのものと化して進んでいく。
幻斎の身体が前傾する。