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元々は小諸義時の家臣であった者たちである。
二人は娘の顔を見ないようにしていた。
ひどく、ばつが悪かったからだ。
娘を信虎の前へと座らせると侍たちは下がった。
「思ったより、ずっとしぶとかったな。お前は」
信虎が娘に言った。
娘は猿ぐつわのせいで答えられない。
ただ、憎悪に血走った両眼で信虎をにらみつけている。
「なんだ、その眼は?」
信虎は心底、不思議そうだった。
「わしを恨んでおるのか? それは筋違いというもの」
信虎が娘に顔を寄せた。
「この戦国の世では裏切りは当然。弱い者は強い者に喰われるだけ。お前の父はわしを信用した。それが間違いよ。小諸義時は弱かった。それだけのこと。のう、柚子」
「………」
縛られた娘、柚子の顔が怒りに歪んだ。
大山城から隻眼の忍びによって連れ出された柚子は、信虎軍へと合流した。
隻眼の忍びは柚子を兵に引き渡すと姿を消した。
その後、柚子はここがどこかも分からないまま、ずっと囚われの身となっていたのだ。
自分を迎えに来た、以前は父の家臣だった侍たちを見て、やっと信虎の陣中であると気づいたのだった。
あれほど遭いたいと願った仇が目前に居るというのに、今はどうすることも出来ない。
柚子は悔しさのあまり、身悶えした。
無念さに全身が痺れた。