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絞り出すような声が信竜の口から洩れた。
信虎からの手紙を藤十郎に投げる。
藤十郎は慌てて眼を通した。
「くっ…」
藤十郎の口からも信竜と同じく、怒りの声が洩れる。
(やはり策があったか…)
藤十郎の予感は当たった。
そこには極めて淡々とした調子で、信竜軍は信虎軍に全面降伏するようにと書かれていた。
さもなくば信虎軍の手にある柚子を惨殺せしめると。
(柚子様とは…)
いつの間に柚子のことが信虎に知られたのか。
しかもすでに、その身が信虎の手中にあるというのだ。
(ばかな…)
藤十郎は愕然とした。
普通ならば戦の最中に女子の一人が人質にとられようとも、戦局に影響はない。
しかし、信竜の場合は。
(いけない)
藤十郎が思ったそのとき、信竜が動いた。
冥と骸との対決以来、身に帯びていた退魔の刀を雷光の速さで引き抜くと、一気に信虎の使者の首をはね飛ばした。
場が凍りついた。
「藤十郎!」
信竜の声が陣中に響く。
信虎そっくりの声だ。
「はっ」
藤十郎が、ひざまずく。
「時を稼げ」
信竜が言った。
信虎軍の陣中では、ある対面が行われていた。
久方ぶりの再会であった。
鎧を身につけた信虎の前に一人の娘が現れたのだ。
娘は両手を後ろ手に縛られ、口には猿ぐつわを噛まされている。
娘を連れてきたのは二人の侍だった。