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焦れた気持ちと裏腹に信竜は努めて冷静に言った。
外道とはいえ、信虎の言い分も聞いてやらねばならない。
理性を失い獣の如く戦えば敵と同じ外道となる。
己が父とは違うことを証明し、その上で勝たねばならない。
これが最後の辛抱となるのだ。
「使者を通せ」
藤十郎が伝令に命じると信虎軍の侍が、ほどなく陣中に現れた。
使者は深々と信竜に平伏し、信虎から信竜宛の手紙を差し出した。
藤十郎がこれを受け取り、信竜に渡す。
信竜は手紙を開き、内容に目を走らせた。
読み進むうちに手紙を持つ手が、わなわなと震え始めた。
みるみる顔が紅潮していく。
「殿」
思わず藤十郎が声をかける。
信竜が藤十郎を見た。
憤怒の炎が、その両眼に渦巻いている。
唇を噛みしめていた。
藤十郎は二の句を失った。
今、話しかければ信竜に斬り殺されるのではという思いが頭をよぎったのだ。
それほどの怒気が信竜から発散されていた。
「おのれ、信虎…」