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藤十郎の横に信竜が馬を進めた。
「藤十郎」
「はっ」
「次はどうする?」
そう訊いた信竜の顔は晴れ晴れとしている。
悲壮感の欠片もない。
信竜は元々、小細工の好きな男ではなかった。
真っ向から勝負せざるを得ないこの状況をむしろ喜んでいるのだ。
「………」
藤十郎は黙った。
同数の軍勢が正面からぶつかり合えば、双方に甚大な被害が出る。
乱戦は藤十郎の望みではない。
もっと情報が必要であった。
「こちらの陣立てを待つとは、あの外道にも一抹の仁義が残っていたようだな」
信竜が言った。
「………」
藤十郎は答えない。
(信虎はそんな男ではない。信竜様とは違う。勝つためには手段を選ばぬ、まさに外道)
何か得体の知れない嫌な予感が、藤十郎の全身をじわじわと締めつけてくるのだった。
信竜軍の陣立てが済んで、しばしの時が流れた。
頭上にあった陽は落ち、夕闇が訪れている。
信虎軍は信竜軍を見下ろせる丘の上に姿を現したきり、一向に動く様子がない。