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(絶対に勝たねばならぬ)
信竜のやや後方に付き添う藤十郎は、不退転の覚悟に唇を真一文字にきっと結んだ。
前を行く信竜はというと藤十郎とはまた違う心持ちであった。
もちろん、信虎を討つという点では同じである。
実の父親だが、それだけに信虎への恨みは深い。
一刻も早くこの世から、その存在を消し去りたかった。
ただ、それ以外の雑念がある。
頭の隅に、心の奥に、今は閉じ込めておこうとしても、どうしても浮かび上がってくるのだ。
柚子である。
大山城に残してきたことを後悔していた。
柚子に対する恋情は、一度は失ったと思っていた反動からか、まるで地獄の炎のように信竜の脳髄と胸を焼き続けるのだ。
柚子が逃亡を計ったとき、再び失うのではという思いに信竜は気も狂わんばかりになった。
藤十郎が柚子を捕らえなければ、実際どうなっていたか分からない。
からくも最悪の事態は避けられた。
(あのとき…)
信竜は思った。
(自ら仇を討つと…)