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冥はため息をついた。
心底、呆れているようだ。
「そもそも、どうやって柚子を見つけたのか思い出しな。あたしよりもお前のほうが、あの娘がどこに行ったか分かるはずだろ」
「………」
骸が両眼を閉じた。
そのまま、しばらく動かない。
「どうだい、感じたかい?」
冥が訊いた。
「あがっ」
骸の両眼が開き、何度も顔を縦に振った。
「よし。追うよ」
冥が身を翻した。
「柚子が居ないと何も始まらないからね」
信竜率いる軍勢は、一糸乱れぬ動きで着々と進んでいた。
この日を見越した藤十郎の指図により、充分な訓練を積んだ兵たちは信竜の命が下れば、その手足の如く思いのままに操れる。
軍勢は、おおよそ千にも及ぶ。
このまま信虎の居る鬼道城(信竜はあくまでも小諸城と呼ぶが)へと向かい、勝敗を決するのだ。
今頃は隣国の軍勢も出発しているはずだった。
信虎軍を挟み撃つ手筈となっている。
これは藤十郎の策であった。
一度、反逆の刃を抜いたら信虎の首をはねるまでは容赦してはならない。
万全の謀をもって、一気に息の根を止めるのだ。
隣国にとっても狂暴な信虎よりは理性的な信竜のほうが御しやすいと思ったのか、二つ返事で藤十郎の策を受け入れた。
信虎を討った後はともかく、それまでは約束を違えることはないだろう。