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全員が腰を上げ、信竜と柚子の方へ、一歩踏みだすが。
「動かないで!」
柚子の声に石像の如く停止した。
「動けば私は死にます!」
部屋の中からの大声に、部屋の外を固めていた侍たちも異常に気づいた。
襖を開け、侍たちが部屋に入ろうとするのを信竜が手で制する。
「私を行かせてください」
柚子が言った。
首筋に当てた刃先は、一時も離れない。
「それほどまでに信竜を嫌われますか」
信竜が言った。
双眸には苦悶の色が渦巻いている。
「違います」
柚子が答えた。
「信竜様をお慕いしております」
「では、何故!?」
「これだけは…どうしても信虎だけはこの手で討ちたいのです。どうか許してください」
柚子が前へと、一歩踏みだした。
涙を流し必死の形相の柚子の気迫に押され、信竜も一歩退がった。
四人の侍女も侍たちも、普段からは想像もつかない柚子の行動に完全に呑まれていた。
冥と骸に同行するうちに、その異様な空気を柚子も我が身に取り込んだとでもいうのか?
信竜が「化け物」と呼ぶ二人の雰囲気を今の柚子は発している。
この場は柚子が支配したかに見えた。
「どいてください」
柚子の言葉に信竜は怯んだ。
何より、柚子が命を断つのが怖かった。
信竜の武芸の腕なら飛びかかり、柚子の脇差しを奪えるだろう。