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「うるさい奴だねぇ。こっちにはこっちの事情があるんだよ」
冥が骸に手で合図した。
「骸、こいつを殺っちまいな」
それまで、まんじりとも動かずに三人を見守っていた骸が首をすくめた。
困惑しているようだ。
「ううう…」
情けなく、うめいた。
冥の瞳に怒りの炎が一瞬で燃え上がった。
小さな右手を振り上げ、骸を打とうとしたが。
冥の右手は空中で止まった。
怒りの表情も、ゆっくりと消えていく。
「まったく、呆れるよ」
ため息をひとつついた。
「どっちにしろ、柚子は連れて帰らないとお前も困るだろう?」
冥の言葉に骸は頷いた。
「さあ、分かったら柚子を取り返しな。さっさと帰るよ」
骸の顔が信竜の後ろに居る柚子に向けられた。
太い腕を伸ばし、柚子を引き寄せようとする。
しかし、柚子の前には信竜が仁王立ちしていた。
やや緊張の色はあったが信竜に怯えは見えない。
信竜は恐怖ではない、奇妙な感覚に捕らわれいた。