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ブルーハワイ

 俺の住んでいた町には、農業祭、なんていう祭りがあった。

 野菜や花の苗を売る店がたくさん集まるのだ。

 子どもたちは、そんな店にはまったく興味はないわけで、中学生だった俺たちの見て歩く店は、おもちゃやら食べ物の店だった。

 射的に数字合わせ、焼きそばやら綿あめ、そして、毒々しい色とフレーバに彩られ、たやたらに甘い飴やら氷。

 チョコバナナ片手に、そぞろ歩いているうちに友だちと会って、会場の片隅でカードゲームや携帯ゲームで遊ぶ。飽きればポテトだのかき氷だのを買って、みんなで食べる。

 祭りなんて名前がついているくせに、お神輿もお囃子もない。

 葉桜の並木道に屋台が並ぶだけ。

 晩春の、どこかくすぐったい風にのんびりと撫でられて、ただだらだらと時間が過ぎていくような、そんな祭だった。

 あのときも仲のいい友達五・六人で集まってたはずなのに、気付いた時は、俺はオトと二人で桜の木の下の縁石に腰を下ろして、青い色したかき氷を食べてた。


「僕、ブルーハワイ、大好きなんだよね」


 えへへへ、と笑いながら言ったオトは、チビだった。

 中二にして百七十センチ後半までニョキニョキ伸びちまった俺より首一つ……いや、それ以上にちっこい。

 昔母親同士が噂話をしていたのを聞いたんだけど、コイツは一度栄養失調と脱水症状で救急車で病院に運ばれたことがあるらしい。小さい時ちゃんと栄養が取れなかったから、中学になってもちっちゃいままなんだろうか?

 オトは俺の隣でニコニコしながらしゃべってる。


「僕昔ね、お母さんにお祭りに連れて行ってもらった時にさ、ブルーハワイのかき氷初めて食べてね……」


 オトのおしゃべりに耳を傾けながら、真っ青な氷をスプーンで掬って口に入れる。


「これ美味しいね! って、お母さんに言ったらね、いっつもお祭りに連れて行ってくれたときにはブルーハワイ買ってくれたんだ……」

「ふうん、そりゃ、よかったな」


 どんだけブルーハワイ好きだよ。

 そんなふうに思った俺は、のんきなもので、そんな思い出を持ってるオトは、ウチの父ちゃんや母ちゃんが噂するほど不幸じゃねえんじゃん? と思ってた。

 育児放棄とかされて、餓死寸前だったなんて囁かれる事実と、俺の隣で幸せそうに青い氷を口に運ぶオトとイコールで結ぶことは、中二の俺には難しかった。

 何しろオトの家は金持ちだった。

 オトのじいちゃんはこの小さな町のガス会社の社長だ。

 母ちゃんは東京の有名な音楽大学を出て、その後外国に留学して、なんだかコンクールで入選までしたピアニストなんだそうだ。

 その後、大人たちの噂するようなことがイロイロあったらしく、今はこの小さな町に帰ってきていて、実家の離れでピアノ教室を開いている。

 オトの母ちゃんは長い髪で、すごく美人で、それから……どこか弱々しい雰囲気の人だった。

 初めてみた時、凄くオトに似ていると思った。

 オトを放って遊び歩いていたなんて、いまでも想像がつかない。

 こっちに戻ってきてしばらくはじいちゃんばあちゃんの家でオトと母ちゃんと四人で暮らしていたんだけど、今は駅前のマンションに住んでいる。

 オトは今も四人家族だ。だけど一緒に住んでいるのは、母ちゃんと、こっちに来てから出来た新しい父ちゃんと、まだ小さな妹という構成に変わっていた。


「あのね……シュン?」


 伏し目がちに氷を口に運びながら、オトが俺の名を小さく呼んだとき、俺は溶けた氷の最後の一滴を、上を向いて喉の奥に流し込んでいた。


「シュンには言っておきたかったんだ。あのさ、僕のお父さんなんだけど……」


 オトが緊張している。

 水色のプラスチックのスプーンを持った手が止まって、じいっと青い氷を見つめている。

 いつもみたいに口元には小さな微笑みが浮かんでるのに、目が笑ってない。

 俺は空っぽになった氷の器を手で潰して「なんだよ?」と先を促した。


「僕のお父さん、警察に捕まるんだ」


 オトは早口にそう言った。


「は?」


 俺の脳裏に、オトの父ちゃんの姿が浮かんだ。コイツがオトの父ちゃん!? ってくらい、ちょっとおっかなそうな雰囲気のヤツだった。血がつながってないと聞いた時は「なるほど」と思ったもんだ。

 なんでも除染の仕事でこっちに出稼ぎに来ていた時に、オトの母ちゃんと知り合って、結婚することになったんだそうだ。結婚したあとは除染の仕事は辞めて、オトのじいさんとこのガス会社で働いている。


「なんで?」


 と聞きながらも、ああ、あの父ちゃんならわかるって、心の奥底で思ってしまった。


「さつじん」


 オトの声が春のそよぐ風よりも小さくなった。

 その言葉は俺の想像を超えていて、その時の俺にはやっぱり理解しきれていなかった。


「え、そうなの?」


 そんなアホな返事をした俺を、殴り倒してやりたいと思うんだが、その時の俺にはそのことがオトにどれだけの影を落とすか、そのことが俺とオトの未来を、どれだけひっくり返しちまうかってことを、全くわかっていなかったんだよ。


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