宿題
頭上には、これぞ夏! みたいな空が広がっている。
青々とした庭木に囲まれた大きな一軒家の前で、俺は一つ深呼吸をした。
門はピタリと閉じていて、塀からはオレンジ色の凌霄花が、吹きこぼれるようにして咲いていた。
◇
半年ほど前のことになる。
地元で行われた成人式。
家を出て他県の大学に通っていた俺は、そこで懐かしい友人たちと再開し、楽しい時間を過ごすした。
だけど。
俺の目は、ともするとその場にいない奴を求めて、うろうろとさまよってしまう。
もしかしたらアイツも、成人式にくらいは、顔をだすんじゃないか?
そんな小さな希望は、時が経つにつれてしぼんでいった。
『ぼくはもうこの町に戻ってこないと思うんです。瞬はどうかぼくのことなんか忘れて、幸せになってください。』
そんな一方的な言葉の書かれた手紙は、今でも俺の学習机の中で眠っている。
よくよく考えれば、あんな手紙を送ってきたアイツが、この町の成人式に出席するわけはないのに、俺はどこかで期待していたんだろう。
そして、アイツが成人式に顔を出さなかったことで、この先アイツと会える可能性が限りなく零に等しいのだと、思い知らされ、途方に暮れていた。
アイツは小さい頃からの大切な友達だったから、もう二度と会えないんだなんてことは、俺の中で信じられないことだったんだ。
いつか会えるだろうとたかをくくって……なんの行動も起こさないまま何年もの月日が流れていた。
二十歳を迎えて、ようやくこのままでは、アイツと再会できる可能性はないと、理解したわけだ。
そうして、二度と会えないのだと自覚した途端に、会いたいという思いはどんどんと募っていく。
その一方で俺は、いつまでもうだうだと思い悩んでいた。
アイツは周囲の誰にも引越し先を教えていかなかった。
アイツだけじゃない。
アイツの家族も引越し先については固く口を閉ざしていたし、この町の人達も、誰一人としてそれを詮索しようとする者はいなかった。
今更アイツを探してどうする?
どこか遠い場所とやらで、幸せになってるかもしれないじゃないか?
過去を引きずったような俺がアイツを探し出したところで、迷惑なだけじゃないのか?
出口のない考えが、俺の中をぐるぐると巡った。
アイツへとつながる糸は、アイツのじいちゃんとばあちゃんしか無い。
数回しか会ったことのないアイツのじいちゃんとばあちゃんは、俺のことなんて、憶えてないかも知れない。
不審がられて、アイツの居場所なんて教えてもらえないかも知れない。
もし会えたとしても、どうなるのかなんてわからない。
今頃アイツを訪ねていくことで、アイツに嫌な思いをさせるのじゃないか?
でも。
それでも。
アイツと会わないままというのは、終わらなかった夏休みの宿題をそのまま抱え続けて生きていかなくてはいけないようで、どうにもこうにも気持ちが悪い。
俺はアイツに会いたい。
その思いが、ぐるぐると繰り返すメビウスの輪を突き破った。
喉がヒリヒリと乾くのは、暑さのせいばかりではない。
『最後のぼくのわがままに付き合わせてしまってごめんなさい。
ありがとう。』
アイツの声が、頭の中で聞こえた気がした。それは、アイツから貰った手紙の、最後の一文だった。
そうだ。おまえは俺の言葉も聞かずに、サヨナラさえ言わせずに、いなくなっちまったんだ。
それが俺をどれだけ苦しめたと思う?
俺のほうがわがままを言ったっていいはずじゃないか?
付き合ってもらうぞ、オト。
眼の前のでっかい屋敷を、きっと睨んで気合を入れる。
俺はもう一度深呼吸をすると、門の脇のインターフォンに向かって、人差し指を差し出した。




