九十三話 VSドラゴン その三
――王都ギルドマスター。
本名、レイザック・ストレイス。
元Aランクにして『巨人』の二つ名で有名な歴戦の冒険者。
その特徴は二つ名が指し示す通り、二メートルをゆうに越す長身だろう。
もちろん背の高い冒険者などいくらでもいるが、その中でもギルマスは文字通り頭一つ飛び抜けている。
さらに特徴的なのは、その長身に負けず劣らずの巨大なツーハンデッドソードだ。
長身から振り下ろされるその巨大な剣は、まさに『巨人』という二つ名に相応しい――。
ミーシャに身体を起こされた私は、ドラゴンと対峙したギルマスの後ろ姿に、ふとギルドで聞いたそんな話を思い出した。
ギルマスは剣を肩に担ぎあげながら、ドラゴンへと一歩一歩近づいていく。
対するドラゴンはそんなギルマスに警戒色を強めている。
先に動いたのは――ドラゴンだった。
先ほど同様、大きく息を吸い込み始める。
その様子を見たギルマスは歩みを止め、担いだ剣を持ち上げ両手で柄を握りしめた。
まさか、あのブレスを正面から迎え撃つ気なの?
一瞬正気を疑ったが、さっきも一度ブレスが不自然に消えていることを思い出す。
そういえば、どうやって防いだの?
私は固唾を飲んで見守る。
溜めを終えたドラゴンがブレスを吐き、高熱の炎が迫る中、ギルマスが剣を振り下ろした。
剣が炎に触れた次の瞬間、炎が砕け散った。
まるで打ち上がった花火のように、周囲に火の粉が散る。
「え?」
……え?
ミーシャの声と私の心の声がハモる。
私たちの思考を置き去りにして、ギルマスが駆け出す。
ドラゴンは慌てた様子で翼を羽ばたかせ、空中へと逃げてしまう。
ダメ、あれじゃギルマスの剣が届かない……!
なんとか思考を戻した頭でそう思ったが、またしても想定外のことが起こる。
ギルマスはドラゴンの少し手前でジャンプすると、最高点に達する前に空中を蹴った。
再度加速したギルマスは、迫ったドラゴンに剣を薙いだ。
ドラゴンは左翼を前にして防ぐが、ギルマスの剣にあっさりと切り落とされる。
ダボルスさんの剣や私のウォーターカッターを防いだあの翼を簡単に切り落とすなんて、どんな威力なのよ。
……いや、威力じゃないのか。
炎という実体のないものを砕いたことから予想するに、あの剣は魔道具なんだと思う。
それだけじゃない。
さっき空中を蹴ったのも、恐らく靴か何かの魔道具の効果だろう。
片翼を失ってバランスを崩し落下するドラゴンに追撃するように、ギルマスは上空を蹴ることで加速し追い迫る。
ドラゴンは負けじとがむしゃらに腕の爪を振り上げる。
剣を振るう間もないその攻撃に、ギルマスは籠手を前にして防いだ。
直撃した……と思いきや、ドラゴンの爪は籠手の直前で見えない何かにぶつかるように止まっていた。
まさか、あれも魔道具?
その体勢のまま背中から地面へと墜落したドラゴンは、衝撃で腕を離す。
ギルマスはその隙を見計らって、剣をドラゴンの胸へ突き刺した。
ドラゴンは抵抗するようにしばらく暴れるが、一際大きな鳴き声をあげた後、その巨体を地に沈めた。
◇◇
私たちが苦戦したドラゴンを呆気なく倒したギルマスが、巨剣を背中の鞘に収めて戻ってきた。
「いやあ、比較的弱い個体で助かったよ」
えっ、弱い個体なの……?
あのドラゴンが?
私が首を傾げる――少し休んだお陰で多少は動かせるようになった――と、ギルマスはあははと笑う。
「ドラゴンといえばAランクの代表的な魔物として有名だけど、強さとしてはAランクの上位なんだ。だから本当に強いドラゴンの場合、Aランクの冒険者がパーティを組んで討伐するものなんだよ?」
ってことは、ワイバーンよりちょっと強い、みたいな考えは危険ってことか。
うん、もう少し早くそれを聞きたかったな……。
まあ、聞いてたところでドラゴンを止めるために戦いはしただろうけど。
「さてと、アルネちゃんは動けそうだね。僕はダボルスさんたちを回収しないといけないから、先に戻っていなよ」
「うん、分かったの」
私の代わりにミーシャが答えると、ミーシャは私を支えながらバリケードへと戻っていく。
私は首を回してドラゴンの死体をチラリと見ると、モヤモヤした気持ちを抱きながらも視線を戻した。
◇◇
その後のことはよく覚えていない。
バリケードを越えたあたりで意識が朦朧とし始め、駆けつけた他の冒険者によって救護施設に運び込まれたことまでは何とか記憶にある。
次に意識が戻った時には全てが終わっていた。
ミーシャから聞いた話によると、しばらく後に飛来したワイバーンはギルマスを筆頭に残ったBランクの戦力と王都近衛騎士団の人たちで討伐したらしい。
ワイバーンは怪我を負っており、ギルマスいわく「ドラゴンと縄張り争いでもしたんじゃない?」とのこと。
また、その他の魔物の群れに関しても遠距離からの攻撃を徹底したお陰か、全て討伐が完了した。
結果として、前代未聞の時期外れのスタンピードは、死者ゼロ名、重傷者数名という奇跡的な結末で幕を閉じた。




