九十話 姉妹喧嘩?
リルカと話し始めてから十分くらい経った頃だろうか。
突然、外が騒がしくなってきたことに気づく。
「……何かあったみたい」
「わたし見てくるの!」
そう言うとミーシャはカーテンの隙間から外へ出ていく。
残った私とリルカは顔を合わせると、お互い首を傾げた。
もしかして、ワイバーンの第二波が来たのかな?
それなら、すぐにでも出ていって討伐しないと。
「……ワイバーンならボクもいく」
真面目な顔――いつも無表情だけど――でリルカはそんなことを言い放つ。
……はあ?
なに言ってるの、この子は?
また頭小突かれたいの?
「十分休んだから平気」
いや、平気なわけがないでしょ。
危うく死にかけたんだよ?
生まれたての小鹿のようにプルプルと踏ん張りながら身体を起こそうとするリルカ。
私はその後頭部に右手を伸ばすと、少し力を込めてデコピンする。
リルカは「……いぷっ!」と変な声を出してベッドへと突っ伏した。
数秒後、リルカは後頭部を押さえながら、恨みがましい視線を送ってくる。
起き上がる気力もないのか、首だけを回している状態だ。
この程度で倒れて起き上がれない人は、戦場なんかに連れていけないね。
リルカも自分が予想以上に動けないことを知って観念したのか、ベッドに再び身体を預けた。
「お花さん! 大変――!」
しばらくすると、ミーシャがカーテンを勢いよく開けて戻ってきた。
出ていった時とは違って血相を変えているところからすると、やっぱりまたワイバーンが来たみたいだね。
しかしミーシャは、私もリルカも予想だにしない言葉を口にした。
◇◇
ミーシャの言葉を聞いて再度起き上がろうとしたリルカにデコピンして静かにさせた後、私はミーシャに手を引かれて外へ出る。
外は二つの様を見せていた。
ひとつは慌ただしく動く人。
その表情は誰もがこれまで以上の緊張感を漂わせている。
そしてもうひとつは、呆けた様子で北西の空を見つめる人。
中には絶望ともとれる表情を浮かべている人もいる。
私はミーシャの指差す方向――呆けた顔の人の視線の先へと顔を向けた。
そこには、ワイバーンと同じような姿形をした、けれどワイバーンの三倍以上はあるだろう巨体が空を飛んでいた。
くすんだ緑色の身体にはびっしりと鱗が生えており、数メートルある翼は風を掴むように羽ばたいている。
ワイバーンとは違い、胴からは鋭い爪を携えた腕が伸びている。
私は数日前に読んだ魔物図鑑を思い出す。
魔物図鑑の『Aランク』の項目、その最初の一ページ目に記されていた魔物。
それが、魔物たちの群れの上で悠々と空を舞うドラゴンだった。
私は思考放棄しかけた頭を振ると、視線を少し下げて地上の様子を伺う。
幸いなことに、まだ冒険者たちは魔物の群れに対抗できているらしく、魔物は一体たりともバリケードを越えてきていない。
しかし、今はただ飛んでいるだけのあのドラゴンが向かってきたら、バリケードや冒険者など一瞬で蹂躙されるのが嫌でも分かる。
「あ、お花ちゃんいた! それに亜人の子も!」
どこかで聞いたことのある声が横からかかったことで、私はようやくドラゴンから目を離した。
……って、あれ?
この人、ダボルスさんのパーティにいた女性の冒険者じゃん。
なんでこんなところにいるの?
「リーダー……ダボルスから伝言! 無事な奴は急いで中央の俺のところに集まれ! だそうよ!」
それってつまり……。
私が息を飲むと、女性冒険者さんは頷く。
「あたしたちで、あのドラゴンを討伐するよ!」
まあ、私たちしか対抗戦力がいないのだから、そうなるよね。
「あれ、そういえば『烈火』はどこ?」
「リルカさんなら、そこで休んでいるの」
「へ? そこって、救護施設? ……まさか怪我したの!?」
ミーシャが指差した救護施設を見ると、食い気味に詰め寄ってくる女性冒険者さん。
ちょっ、近い近いっ!
「け、けがしたけど、今は平気なの」
ミーシャが若干引きながら答える。
女性冒険者さんはミーシャの言葉に「良かったー!」と安心した表情を浮かべると、顔を引いてくれた。
「なら『烈火』は仕方がないね。君たちで最後だから、一緒に戻るわよ」
そう言って北――中央を指差す女性冒険者さん。
私は頷くと、隣のミーシャに顔を向ける。
さすがに危険だし、ミーシャはここに残――。
「――わたしも行くよ」
私の心の声に被せるように、ミーシャがピシャリと言い放つ。
その目は決意に満ちている。
う……うーん。
明らかに危険だと分かっている場所にミーシャを連れていきたくはないんだけどな。
「お花さん、目を離すとすぐに無茶するの。だから、わたしも一緒に行くの」
「……ぷっ、ははっ!」
私とミーシャの様子を横で見ていた女性冒険者さんが、何を思ったのか突然吹き出した。
……何よ?
「ごめんごめん。なんかお姉ちゃんが妹に怒られている図、みたいに見えちゃったから、つい。でもいいんじゃない? それにその子、説得してもムダそうだよ?」
私は改めてミーシャを見ると、はあとため息をついた。




