九話 VS黒角イノシシ
『茨の蔓』。
毒花粉と双璧をなす私の武器。
身体を持ち上げたり足代わりにしたりと色々便利に使っているけど、本来は攻撃用だ。
そして、毒花粉が使いづらい黒角イノシシに対して唯一有効な手段でもある。
ただ、蔓は二メートルほどしか伸びないという問題もあった。
二メートルの間に黒角イノシシの突進を避けて反撃するのは難しい。
ゆえに、背中に飛びついた。
大きな身体と角を生かした突進は脅威だけど、背後はがら空きだ。
角が刺さってもがいているときに、背中に武器となるものがないことは確認できた。
後は振り落とされる前に倒すだけ。
前の蔓二本を、先端を下にして振りかぶる。
今まで気にしたことはなかったけど、蔓の先端は鋭く尖っている。
恐らく刺すことを想定しているのだと思う。
だから、そのとおりに使わせてもらう。
黒角イノシシの背中めがけて、勢いよく突き刺す。
皮を破り肉を裂く感触……を、硬くしたような手ごたえ。
硬っ!
え、何これ!?
蔓の先端が数センチほど刺さってだけで止まってしまう。
傷口から赤黒い血が流れ出る。
攻撃されたことで怒ったのか。
黒角イノシシは大きく鼻を鳴らすと、身体をより激しく動かしだす。
ぐぬう!
意地でも放すもんか!
必死でしがみつきながら頭を働かせる。
大丈夫、落ちつけっ!
思いのほか皮膚や筋肉が硬いだけ。
生物なんだから内側は柔らかいはずだ!
そうでなくても、このまま血が流れればいつかは倒れるんだ。
傷口へと何度も蔓を突き立てる。
そのたびに黒角イノシシが暴れまわる。
徐々に動きが鈍くなってくる。
いけるっ!
そう思ったときだった。
いたずらに暴れていただけの黒角イノシシが、突如まっすぐに走り出す。
何ごとかと先へ顔を向けると目前に木が迫っていた。
黒角イノシシの背中ごと、私は木へと叩きつけられた。
とっさに左腕で身体を庇う。
ベキッという鈍い音が耳元で鳴り、左腕に激痛が走る。
身体が圧迫されて肺から空気が漏れ、全身に力が入らなくなる。
――っ!
その直後、私の身体は宙へと投げ出されていた。
うぐっ!
そのまま地面に叩きつけられる。
身体中の痛みを気合で押さえ込み、近くの木を背にして身体を起こす。
……あ、れ?
左腕の感覚が、ない?
慌てて視線を向けると、糸の切れた人形のように肩から垂れ下がる左腕。
力を入れようとしてもピクリとも動かない。
くっ、こんな時に!
目を上げると、黒角イノシシがよろめきながらも角を向けて突進してくるのが見える。
逃げようと蔓を伸ばしかけて――止めた。
衝撃とともに、脇腹に角が深く突き刺さる。
がああぁぁあ!
赤い血が飛び散る。
右手で脇腹に刺さった角を掴む。
意識が飛びそうになるほどの痛みに堪えながら、私は笑った。
――捕まえたっ!
残る気力を振り絞り、四本の蔓を全て伸ばす。
これでとどめだ!
背中の傷口へと蔓を突き立てる。
黒角イノシシは鳴き声をあげながら後ろへよろめく。
そして、ついに倒れた。
ふう、と一息つく。
上手くいってよかった。
――逃げなかった理由はひどく単純。
すでにそこまでの体力が残っていなかったから。
たとえさっきの攻撃を避けても、次はまともに当たってしまう。
それに、黒角イノシシを捕まえなければ意味がない。
だから一か八か、体力がまだあるうちにあえて急所をはずして角に刺された。
蔓を使って黒角イノシシの死体を押しやる。
右脇腹に刺さった角が抜けると、とたんに血が溢れだす。
ううっ!
あー、そういや、抜いちゃいけなかったんだっけ?
血が止まらなくなるから、抜かずに搬送されるって聞いたことがある。
まあでも、病院もなければ医者もいないし、仕方がないか。
気持ち程度に右手で押さえてみるが、指の間から血が流れ続けている。
かすれた視界で森の奥を見る。
いつの間にか、角イノシシたちの姿はなくなっていた。
ボスが倒れて逃げだしたのか、それとも統率力を失ったのか。
どちらでもいいけど、正直助かった。
気力も体力ももう限界だ。
めまいがして身体が揺れる。
それにしても、今回であらためて認識した。
私に真正面からの戦闘は向いていない。
蔓の長さも二メートルだし、毒花粉は遅効性で使えない。
さらに移動するのも蔓を使わないと遅い。
……うん、よく勝ったな。
せめて、毒花粉がもう少しまともに使えるようになるか、遠距離の攻撃手段があればなー。
モンスターがいるんだし、魔法があってもおかしくないよね。
漫画とかゲームとかでよく見る『魔法』に、一度は憧れるものだよね。
魔女っ子アルラウネちゃん。
……なんちゃって。
あー。
ダメだ。
何言ってるんだろう……私。
まともな思考になっていないのが、分かる。
血が流れすぎたのか、意識が朦朧としている。
徐々に意識が、薄れていく……。
あア。
ヤバい。
足りナイ。
血がタリない。
混濁する意識のなか、イノシシの死体へと這っていく。
タリナイ。
チガタリナイ。
**ガ、タリナイ――。
まだ温かなその身体へと顔を寄せると、背中にひらいた傷口へと食らいついた。