八十五話 VSワイバーン その三
私は蔓を伸ばすと突っ込んでくるワイバーンに向かって駆け出す。
ワイバーンの鋭い爪が触れそうになる直前に、後ろの蔓を使って横へ跳躍。
空中で身体を捻り、通りすぎていくワイバーンの背後を取った。
――よしっ!
まずは厄介な移動手段を断つため、私は前の蔓二本を翼の付け根へ突き立てようとする。
しかしワイバーンは勢いよく翼を羽ばたかせ、その場でぐるんと方向転換した。
狙いの外れた蔓は、ワイバーンの身体にある硬い鱗に弾かれてしまう。
さらにワイバーンは、まだ空中にいる私にギョロっと眼を向けると、息を吸い込み始める。
――っ!
私は慌てて自身を囲うようにウォーターケージを作り出す。
水の壁が私を包んだその直後、目の前が赤に染まり、熱と衝撃が襲った。
ワイバーンのブレスにより私は水の檻ごと地上に叩きつけられ、草むらの上をゴロゴロと転がる。
止まったときにはワイバーンから十メートル以上離れた場所におり、ウォーターケージもボロボロになっていた。
うう……。
私はふらつきながらもなんとか立ち上がり、残った水の壁を消す。
ウォーターケージのおかげで怪我はないけど、目が回った。
まだくらくらとする頭を振って顔を上げると、ワイバーンが足の爪を向けて襲いかかってくるのが見える。
ちょっ、息つく暇もなしなの!?
私は前の蔓を思いっきり地面に叩きつけると、その反動で後ろへ飛ぶ。
同時にウォーターボールを瞬時に作り出してワイバーンへ向かって打ち出した。
ワイバーンは翼を羽ばたかせて急停止しながら、翼でウォーターボールを叩き落とす。
ふう……。
思惑どおり停まってくれたおかげで、とりあえず落ち着く時間が稼げた。
私五メートルほど距離をあけてワイバーンと対峙する。
というかこのワイバーン、最初の奴よりも手強い気がする。
いや、違うかな……。
今まではリルカがサポートをしてくれたから、そう感じるだけかもしれない。
睨み合ったまま数秒ほど流れただろうか。
ワイバーンがその場で息を吸い始める。
……んん?
この距離でブレス吐くの?
避けられるよ?
今のうちにウォーターカッターを撃とうかと迷うが、さっきまでよりも溜めが長く感じる。
私は直感に従い、再び蔓を使って横へ跳躍した。
その直後、私の真横を、炎の熱線が目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。
――は?
え……何今の……?
ギギギッと音を立てるように横へ目を向けると、ワイバーンの位置から私のすぐ横を真っ直ぐ、綺麗に草むらが焼ききれていた。
そこから覗く地面は、マグマのように溶けてしまっている。
いやいや、あんなのもうブレスじゃないでしょ!
炎のレーザーだよ!
困惑する私をよそに、ワイバーンは再度息を吸い込みはじめる。
――させるわけないでしょ!
私は小さなウォーターボールを作り出すと、ワイバーンへ向かって打ち出す!
ワイバーンはブレスの準備をやめて、翼で水球を叩き落とした。
その隙に私はウォーターカッターを準備しながら駆け出す。
ワイバーンは迎えうつつもりなのか、翼を大きく広げると、息を吸い込み始める。
私が距離を詰めるのが先か。
ワイバーンがブレスを放つのが先か。
そう思った矢先に、私は足に力を込めて空中へ飛び上がる。
ブーツの底を炎の玉が掠めていく。
残念、そんな手に引っ掛かるわけないでしょ!
さっきはリルカのおかげだと思ったけど、それを差し引いても明らかにこのワイバーンは強い。
あのレーザーのようなブレスを見て、それは確信に変わった。
それだけじゃなく、このワイバーンは私の弱点を突くような――ブレスを中心とした――戦い方をしていることに、途中で気が付いた。
私は植物の魔物、アルラウネ。
植物にとって炎は天敵だからね。
なら、この場面でワイバーンは何をするか。
答えは簡単、騙し討ちをしてくる。
魔物が騙し討ちなんてするの? という疑問はあったけど、どうやら私の予感が的中したみたいだね。
私は完成したウォーターカッターを、下へ投げつける。
水の刃は吸い込まれるようにワイバーンのもとへ辿り着くと、首を綺麗に切り落とした。
倒れ込んだワイバーンの手前に着地する。
途端に膝から崩れ落ちそうになるが、慌てて踏ん張った。
なんとか勝つには勝ったけど、これまでにないほどの濃密な戦闘に、想像以上に疲労が溜まっているみたいだ。
あ、あはは……膝が笑ってるし……。
だけどこれで残るは一体だ。
正直もう動きたくないけど、大丈夫。
リルカと一緒なら、まだやれる……!
私はパンッと軽く頬を叩いて気合いを入れ、顔を起こそうとしたとき――。
私の足元に何か大きなものが勢いよく転がりこんできた。
紺色のローブに、鍔の広いとんがり帽子。
纏めていた紐が切れたのか、金髪のおさげがバラバラになってしまっている。
――リルカだ。
しかし、そのローブは背中のところが大きく切り裂かれており、素肌が見えてしまっている。
流れ出る血が、ローブを真っ赤に染め上げていく。
あ……ああ……っ!
「…………ごめん……」
リルカは虚ろな目線を宙へ向けながらそれだけ言うと、事切れたように地面へ倒れ込んだ。
――そして私は声にならない叫び声をあげた。




