八十四話 VSワイバーン その二
リルカへ向かって急降下してくるワイバーンに、思わず私は動き出しそうになる。
――駄目、ここで動いたら意味がない!
今私が出ていっても、きっとワイバーンは仕留めきれない。
ワイバーンに隙ができるその時まで、リルカを信じて待つんだ。
なんとか衝動を抑えて顔をあげると、リルカは剣と盾に変えた燐火でワイバーンと接近戦を繰り広げていた。
鉤爪を避け、炎を盾で受け流し、翼の傷を狙って剣が舞う。
ワイバーンも思ったように攻撃できずに苛立っているのか、徐々に爪や翼での攻撃が多くなってきている。
そんなワイバーンの様子に気付いたのか、リルカが仕掛けた。
リルカは左手で宙に浮かぶいくつもの炎の盾を操りながら右手を掲げる。
後ろで待機していた燐火が全て掲げた手の上へと集まり、頭一つ分ほどの炎の玉を作り出す。
危険を感じたのか翼を羽ばたかせて後ろへ下がろうとするワイバーン目掛けて、リルカが右手を降り下ろして炎の玉を投げつけた。
ワイバーンは翼を正面に閉じるようにして炎の玉をガードする。
炎が弾け、熱風が隠れている私のところまで吹きつけてくる。
翼や鱗にはいくつもの焦げあとがつくが、致命傷には至っていない。
ワイバーンは翼を広げて雄叫びを上げると、大きく息を吸い込み始めた。
――今だっ!
私はウルフの死体の陰から躍り出ると、ワイバーンに向かって高速回転する水の円盤――ウォーターカッターを投げつけた!
森でポイズンバイパーと戦ったときも思ったけど、ブレス攻撃は強力な反面、その威力に見合うだけの溜めが必要になる。
普段なら問題ないだろうけど、今は二対一。
その溜めが大きな隙となるんだよ!
キュインキュインと高音が鳴り響くウォーターカッターにワイバーンは気づくと、驚きの表情を浮かべた……ような気がした。
水の円盤はそのままワイバーンの首をいともたやすく切り跳ねる。
くるくると宙へ舞った頭が地面へとボトリと落ちると同時に、血が吹き出る胴体も音をあげて倒れた。
……や、やった!
なんとか倒せた!
もしウォーターカッターもあの硬い鱗に弾かれたらと思うとゾッとするね……。
「……ナイスタイミング」
歩いて来たリルカが片手をあげるので、私も右手をあげてハイタッチを交わす。
まだパーティを組んで十日ほどしか経っていないけど、かなり息があってるんじゃない?
家の件もそうだけど、リルカと出会えて本当に良かったとしみじみ思う。
さて、ワイバーンも倒したし、大群に突っ込んでいった冒険者たちに下がるよう指示するかな。
そう考えた私は北西を見て――言葉を失う。
「嘘だろ……」
戦闘による喧騒の中で、しかし誰かがポツリと呟いた声が鮮明に聞こえた。
北西の空にはワイバーンと思われる陰が飛んでいた。
その数、およそ三十体。
しかも、仲間の死体に気付いたのか、はたまた佇む私とリルカを見つけたのか。
そのうちの三体が、私たちの方へ向かってきている。
私とリルカが必死になって倒したワイバーンが、三体。
ははっ……。
あまりの現実に思わず笑いが込み上げてくる。
「三体相手は厳しい……。どうする?」
いつもの無表情から少しだけ眉を寄せて空を睨みながら、リルカが声をかけてくる。
そうだね、呆けている場合じゃないね。
私は気を引き締めると、アイテムバッグから黒板を取り出して急いで文字を書く。
『先制で一体倒す』
そして残り二体のうちの一体をリルカに引き付けてもらっている間に、私がサシでもう一体を倒す。
ウォーターカッターしかあの硬い鱗に有効打がない以上、これしかないよね。
リルカは今の一文だけで察してくれたのか、
「分かった。サポートは任せて」
と燐火を出し始める。
私も両手を伸ばすと、魔力を練り、ウォーターカッターを二つ作り出す。
魔法としての難易度はウォーターボールより少しだけ難しい程度だから、時間もそれほどかからない。
三体のワイバーンが間近まで迫った頃には、私もリルカも準備を終えていた。
リルカが右手を降り下ろすと、周囲を回っていた燐火が二つ、勢いよく飛び出していく。
三体のワイバーンのちょうど間を狙ったのか、燐火を避けたワイバーンが散り散りになる。
さらに遅れて飛び出した火の玉が、中央の一体の逃げ場を防ぐように上下左右を囲った。
上手い……!
私はすぐさま逃げ場をなくした中央のワイバーン目掛けて、ウォーターカッターを打ち出す!
ワイバーンは身を守るように翼を閉じる。
ウォーターカッターは翼を切り裂いただけで消えてしまう。
うっ……やっぱり翼は硬いね。
でも残念、それは想定内だよ!
時間差をつけて打ち出したもう一つのウォーターカッターが、切り裂かれた翼の隙間を通って、ワイバーンの首をはね飛ばした。
絶命し落下していくワイバーンから目を離し、私は近いほうのワイバーンへ視線を移す。
ワイバーンは仲間が倒されたことに怒ったのか、けたたましく鳴き声をあげながら突っ込んでくる。
私はリルカに「そっちは任せた」と視線を送ると、一度引っ込めていた蔓を再度伸ばしてワイバーンへ向かっていく。




