七十八話 それぞれの魔法
雲一つなくカラッと晴れた天気のある日の午後。
私たち三人は魔法の練習をするため、家の庭に集まっていた。
庭は正面の道を合わせてテニスコートより二回りほど小さい程度の広さで、芝のような草が生い茂っている。
あまり手入れはされていないようで、足首を覆い隠すほど伸びてしまっている。
「雑草、凄いの……」
うん、そうだね……。
これは魔法の練習とかいう前に、まずはこの庭をどうにかしたほうがいいね。
そう考えていると、リルカが口を開く。
「……魔法でこの草を切り揃える」
……はい?
リルカの方を見ると、手のひらを上へ向けて『燐火』を生成し始めようとしていた。
ちょっ、待って、ストップストップ!
私は慌ててリルカの手首を取り押さえる。
まだ完全に作られていなかった燐火は、その揺れで崩れて消えていった。
「……何?」
リルカがジトッとした目を向けてくる。
いや、「何?」じゃないでしょ!
火事でも起こす気!?
私は首をブンブンと横に振るが、リルカは怪訝な顔をしている。
「リルカさん、火つけたら危ないの」
私の心を代弁するかのようなミーシャの言葉に、リルカはポンッと手を打った。
「……大丈夫。ボクの炎は指定した範囲にしか燃え移らない。今は草の先しか燃えないようにしてある」
あ、そうなんだ。
なら安心だね。
――じゃ、ないわ!
心臓に悪いからリルカは草刈り禁止!
私は首を横に振って、両手で大きくバツ印を作る。
リルカは納得していないような表情を浮かべながらも、素直に引き下がってくれた。
よし、じゃあ気合を入れ直して草刈り始めるかな。
といっても、今のところ、私が使える魔法で草を刈れるようなものはない。
なら、作るしかないよね。
私が一番得意とするのは水の魔法。
水で物を切るといえば、やっぱりウォータージェットだ。
ただ、ここでウォータージェットとか出すと、家とか塀とか関係ないものまで切りそうで怖い。
「……やっぱりボクがやる?」
私が悩んでいるのを見かねたのか、リルカが口を挟んでくる。
うん、それは私が失敗したらお願いするよ……。
私は再度首を横に振ると、ウォーターボールを一つ作り上げる。
その後、水球を薄く伸ばしていく。
これくらいかな?
直径三十センチほどまで伸びたところで伸ばすのを止める。
手のひらの上に、厚さ数ミリの水の円盤ができあがった。
私は空いた左手でリルカとミーシャに下がるよう指示し、私自身も数歩下がる。
ウォータージェットのように噴出するのが駄目なら、その場で回転させればいいだけだよね。
要は、チェーンソーと同じ仕組みだ。
水の円盤を回転させ始めると、キュインキュインという風を切る高い音が鳴り響く。
「な、何この音?」
「……アルネ? 何をしている?」
ミーシャは両手で頭の猫耳を抑え、リルカは私の肩越しに顔を覗かせる。
前のめりになるリルカを抑えながら、私は水の円盤を草の中へと落とす。
すると、途端に雑草の上部だけが宙へ舞い上がった。
――って、うわっ!
ヤバッ、ストップ!
私は回転を止めて水の円盤を消す。
しかし時すでに遅し。
舞い上がった草が、辺りに散らばってしまう。
あ、あはは……。
これじゃ、草は刈れても、掃除が大変だね……。
この後飛び散った草を拾い集め、残りはリルカにお願いした。
◇◇
というわけで、気を取り直して魔法の練習を始める。
今日の一番の目的はリルカの新しい魔法の試し撃ちだ。
「……『燐火』」
そう唱えたリルカの両手から火が生まれていき、十四個目の火の玉が浮いたところで止まった。
ここまでは前に見た魔法と同じだね。
「戦いの基本。前衛・中衛・後衛の三つのポジションがある」
本の内容を思い出すように、目を閉じて淡々と言葉を紡ぐリルカ。
周りに浮かぶ火の玉がリルカを照らす。
「……まずは前衛。接近戦を得意とする」
リルカが両手を前へ伸ばすと、火の玉が二つ、前方へ飛んでいく。
そして、右側の火の玉が剣の形に、左側の火の玉が下部の尖った盾の形へと変形した。
おお、カッコいい!
まるでファンタジー物の物語に出てくる魔法騎士みたいだ。
炎の剣と盾は、リルカの手の動きに合わせて空中を自由自在に飛び回る。
しばらく空中を行き来していると、やがて炎の勢いが弱まり消えてしまった。
「次に中衛。状況に応じた遊撃を得意とする」
今度は四つの火の玉が飛び出していき、リルカを中心とした衛星のように周りをぐるぐると回り出す。
火の玉同士が衝突すると、ビリヤードのように弾け合い、スピードを速めていく。
目では追いきれないほど速くなったところで、リルカは火の玉を消した。
「最後に後衛……。遠距離からの高威力攻撃を得意とする」
リルカが右手を掲げると、残りの火の玉が全て集まり、直径三十センチほどの炎の塊へと変わる。
まるで小さな太陽のように高熱を発するそれは、私のイメージにある『炎の魔法』そのものだった。
リルカは炎の塊を消すと、私とミーシャに向き直る。
「……どう?」
「リルカさん、凄いの! カッコいいの!」
ミーシャの言葉に賛同するように、私も何度も頷いた。




