七十七話 魔物というもの
「魔物の本? それならすぐそこじゃよ」
お爺さんが指差した棚に目を向けると、確かに魔物という文字が背表紙に書かれた本が棚に並んでいた。
私は黒板をアイテムバッグに片付けながらペコリとお辞儀をする。
私の真似をしてか、隣でミーシャもお辞儀をする。
リルカの本探しへ戻るお爺さんに背を向け、私はさっそく目的の本棚に近づく。
おお、色んな種類がある。
えっと……『サルでも分かる魔物』、『魔物大全』、『魔物について』――。
あ、この『図解 魔物の全て』なんて良さそうだね。
上下巻に分かれているうちの上巻を手に取り、パラパラと捲ってみる。
ランクごとに並んで記述されているらしく、Fランクの魔物から始まり、最後はCランクの魔物で終わっていた。
下巻を見てみると、Bランク、Aランク、さらにその上のSランクの魔物が記載されている。
それ以降は目撃情報の少ない伝説級の魔物や、神話に登場するらしい魔物についてが書かれていた。
手描きだけどイラスト込みで丁寧に解説されているし、厚さからして載っている魔物の種類も豊富そうだ。
他の本も見てみるが、しっくりくるものがない。
うん、やっぱり最初のやつにしよっと!
私は上下巻を両方取ると、熱心に本棚を眺めるミーシャを残してリルカとお爺さんのところへ戻る。
「ほう、お目が高いのう。それはとある冒険者が執筆した本で、貴族の教材としても取り入れられるほど人気の本じゃ」
「さすがアルネ」
いや、なにが「さすが」なのさ。
それよりも、貴族も買うくらい人気の本なんだね。
まあ、あの丁寧な記述を見れば納得だ。
「……それ買うの?」
私は頷いて、カウンターへ向かうお爺さんの後を追う。
本を数冊抱えたリルカも一緒に歩いてきて、カウンターへと置いた。
「全部でこれだけじゃな」
お爺さんは本をチェックした後、価格を計算した紙を見せてくる。
私とリルカはそれぞれの分の硬貨をアイテムバッグから取り出してカウンターへ乗せた。
もっと高いと思ってたけど、意外と安くてびっくりした。
紙が貴重だとか、増刷の技術がないとか、そういうありがちな世界ではないみたいで安心だね。
まあ、村――というか村長の家――にも何冊も置いてあったし、そんなに高いわけないか。
アイテムバッグに本をしまったところで、ミーシャが駆け寄ってきた。
「もう、置いていくなんて酷いの!」
ミーシャはそう言ってぷうっと頬を膨らませた。
◇◇
家に戻った後、夕食の仕度はリルカに任せて、私はさっそく上巻を開いた。
ちなみに食事の準備は当番制にしてあるので、別にサボっているわけじゃない。
ミーシャはアイテムバッグの中に薬草を入れたままだったと騒いで出ていったので、今は私一人しかいない。
もう手遅れな気はするけど、気にしないことにする。
本の序盤は魔物について書かれており、その後からイラスト込みの魔物の紹介になっているらしい。
一ページ目を捲る。
『魔物とは、人を襲う生物の総称である。魔物には多種多様な姿のものが存在するが、その生態は謎に包まれている。魔素を取り込み続けた動植物が魔物へと変化すると一部で噂されているが、真偽は定かでない』
……え、定かじゃないの?
だって私、植物から成長したよ?
いや……それは私が魔物だから知っているだけか。
そういえば昔、森を彷徨っていたとき、動植物は成長すると魔物へと成るんじゃないかって戦慄していたな。
あのときは条件があるのかなって予想したけど、大正解だったみたいだね。
『魔物は魔素を取り込み、魔力を蓄えることでその力を増していく。魔物同士で頻繁に争う習性も、相手の魔素を食らうためだと思われる』
なるほどね。
森を歩いていたときに、やたらと魔物に襲われたのはそのためか。
そして、それはまた逆も言えるわけだ。
私が他の魔物を倒したとき、倒した魔物の魔素を取り込んでいたことになる。
以前、黒角イノシシを食べた際、刺された傷が一晩で治ったことがある。
それも魔素を取り込んだおかげということか。
……これってつまり、私は他の魔物を倒すことでその魔素を取り込み、強くなっていくってことだよね?
うーん、手軽なのか何なのか、判断に困る。
『魔物は魔素を取り込んで魔力を蓄えるが、魔法を使うことはない。しかし、かつて数体、魔法を使役する魔物が現れたことがある。それらの魔物は魔神と呼ばれ、一国を凌ぐ力を有したとされている』
そこまで読むと、私はパタンと本を閉じた。
…………あー。
えっと……エリューさん。
……何してくれちゃったの!?
え、魔法使う魔物っていないの!?
魔法使えるだけで『魔神』とか大層な名前で呼ばれちゃうの!?
私、Cランク程度の実力しかないよ!?
……ふう、いったん落ち着こうか私。
これ、バレた瞬間、世界中が敵に回る可能性が出てきたよね……。
幸いなことに、まだ村の人たちとスズハさん含めた騎士団数人しか、私が魔物だと知っている人はいない。
今後もバレないように、慎重に行動すれば大丈夫なはずだ。
私は目立つ行動は控えようと、改めて心に誓うのだった。




