七十一話 VSグラススライム
「……そっちに一匹行った。任せた」
「お花さん、右から来ているよ!」
数メートルほど左にいるリルカと、後ろの馬車にいるミーシャから、同時に声がかかる。
ちょっ、待って!
そんな同時に……って、ああもう!
私は左右から迫るスライムに対して両手を伸ばすと、ウォーターボールを二つ同時に生成する。
ただし、いつもの操作性を持たせたものではなく、簡易追尾にしておく。
スライムの動きは遅いから、簡易追尾で問題ないことはすでに確認済みだ。
私の手を離れた二つのウォーターボールは、私の身長を優に超える巨大なスライムに真っ直ぐに飛んでいく。
避けようともしないスライムに正面から水球が当たり、流体の身体に穴があいた。
さらに、穴の部分から順に溶けたように崩れていき、最後には緑色の大きな水溜まりができあがった。
ふう……、さすがに二体は焦ったわ。
でも、操作性を持たせなければ、ウォーターボール二発同時は意外と早く作れるものだね。
ウォーターレインのほうも、数を抑えればもう少し早くなるのかな。
……うん、また後でやってみよう。
私は考えをとめると、スライムが来ていないのを確認してから顔を左へと向ける。
数メートル離れたところで、リルカがスライムと対峙していた。
リルカの周囲には火の玉が十個ほどフワフワと浮いている。
あれがリルカの魔法『燐火』らしい。
リルカがスライムに向けて手を翳すと、周囲に浮いている火の玉のうち二、三個ほどがスライムへ飛んでいく。
火の玉がスライムに当たると小さな爆発が起き、私の時と同様にスライムは崩れ落ちていった。
リルカはスライムがいないことを確認するように辺りを見渡す。
そこでようやく私の視線に気付いたようで、こちらに向かって歩いてきた。
その途中で残りの火の玉が小さくなって消えていく。
「二人とも凄い魔法だったの」
「……ありがとう。でも理想とはほど遠い。アルネのほうはどうだった?」
リルカの質問に、私はアイテムバッグから黒板を取り出すと、
『いい練習台』
そう書いてリルカへ見せる。
いや正直、始めはその大きさと無機質さにたじろいだ。
けど実際に戦ってみると、動きは遅いし、何か飛び道具を使ってくるわけでもない。
今では、リルカが始めに言っていたとおり、ただの的になっている。
「……それなら良かった」
「じゃあ、コアを集めてくるの」
「分かった。助かる」
「二人はしっかり休んでいてね」
ミーシャはそう言い残すと、荷車に置かれていた皮袋を片手に走っていく。
コアというのはスライムという魔物の核であり本体である部分らしい。
このコアが自然にでき、時間をかけて周囲の水分を集め、あの大きさのスライムが生まれるとのこと。
コア自体にはほとんど価値はないが、討伐の証として集めておく必要があるらしい。
ちなみにミーシャは攻撃魔法が使えないため、コア回収を名乗り出てくれた。
私とリルカは馬車まで戻ると、背中を荷車に預けて休む。
「まだ発動までに時間がかかりすぎている……。威力と速度も全然……」
確かに、リルカの魔法はなんというか……控えめだよね。
ゲームや漫画に出てくる炎の魔法を想像してみると、もっと爆発したり火の柱が立ったりしている。
私の中では、炎の魔法=威力が高い、というイメージが定着してしまっている。
でもその半面、小回りの効く魔法だとも思う。
あらかじめ火の玉をいくつも作っておき、必要に応じて使う。
火の玉がある限り、いざというときでも魔法を練り直す必要がない。
かなり汎用性のある魔法だよね。
『便利な魔法』
私はリルカへ黒板を見せるが、リルカは納得したようなしていないような微妙な表情を浮かべる。
「……あの人の魔法はもっと鋭かった。それに威力も段違い」
あの人って、前に言っていた憧れのAランク冒険者のことかな。
……うーん。
なんとなくだけど、憧れが強すぎて、その人の模倣をしようとして失敗しているように感じる。
その人はその人だし、リルカはリルカだ。
「集めてきたのー。どうしたの、お花さん?」
皮袋を持ち上げながら戻ってミーシャを手招きして呼ぶ。
ミーシャは首を傾げて近寄ってくると、私の正面で立ち止まった。
私は黒板に一言書くと、隣で帽子の鍔を弄りながら唸っているリルカへと向ける。
『得意分野 人それぞれ』
その後ミーシャの頭にポンと手を置く。
ま、ミーシャが良い例だよね。
攻撃魔法は使えないけど、珍しいと言われる回復魔法が使えるし、薬草の知識も深い。
リルカは黒板とミーシャを交互に見ると「なるほど」と頷く。
「もうっ! お花さんもリルカさんも、二人で何話しているのっ!?」
私の手を払いのけて私とリルカの前に躍り出ると、頬を膨らませて可愛く怒るミーシャ。
別に、ミーシャは凄いねって話だよ。
「……ミーシャは凄いという話」
私の心の声を代弁するかのように答えるリルカ。
ミーシャは納得していない様子だったが、私が『お昼にする?』と書いて見せると、すぐに笑顔になって頷いた。
安すぎるよ、ミーシャ……。




