七十話 冒険者の性
リルカの家にあがった私とミーシャは、屋敷の中を案内してもらう。
一階には台所や食堂、リビング、お風呂場などの共有スペースがあり、玄関ホールから伸びる階段で上がった二階には小さな部屋が全部で五部屋あった。
小さいといってもミーシャの家の寝室よりも広く、寝泊まりするなら十分すぎるくらいだ。
ちなみにリルカはそのうちの二部屋を使っているらしく「寝室と書斎」と言っていた。
一通り案内してもらった後、私たちはリビングに座ってリルカの淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
何の紅茶かは分からないけど、ハーブ独特の甘い香りが鼻をくすぐる。
「……どうだった?」
「大きくて綺麗な家なの!」
「ありがとう。ここはある貴族の依頼で報酬にもらった家。気に入っている」
少しだけ嬉しそうに答えるリルカ。
貴族の依頼かー。
受け付けのお姉さんが言っていた指名依頼ってやつかな?
これだけの報酬がもらえるなら、一度くらいは受けてみてもいいかも……。
いや、やっぱり貴族に関わり合いになるのはやめておこう。
「……それでどうする? 見てのとおり部屋は空いている。ただで使ってもらって構わない」
正直、少しだけ悩んでいる。
破格の条件――というより条件なんてない――で寝泊まりする場所が確保できるのはありがたい。
ただ、手放しで喜べないのは、良すぎるからだ。
リルカには申し訳ないけど、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
私は膝の上に乗せていたアイテムバッグから黒板を取り出すと、机の上に置く。
さらにチョークも取り出すと、気になっていた質問を書いた。
『どうして 良くしてくれる?』
言い方は悪いが、所詮馬車で相乗りしただけの相手だ。
ここまでよくしてくれる理由が思いつかない。
それを見たリルカは悩む素振りもなく、
「面白いから」
と真っ直ぐに私の目を見て答えた。
……ん? 面白い?
私は想定外の返答に思考停止してしまう。
えっと、面白いって、何が?
「……二人の使う魔法は珍しくて面白い。近くにいればもっと見られる」
――ああ。
そういえばリルカはそういう子だった。
馬車の中でも、魔法の話になると目を輝かせていたわ。
良く言えば研究熱心、悪く言えば魔法オタク。
ほんっと、こんな子を疑うなんて、相当ひねくれ者だな、私。
私は黒板に『ごめん 疑った』と書き、頭を下げた。
「別に気にしていない。疑うのは冒険者の性」
なんでもない風に答えるリルカ。
うん、これはもう迷うまでもないね。
リルカが良いのなら、この家に一緒に住まわせてもらおう。
私は顔をあげると、続いて握手を求めるように右手を差し出す。
「……よろしく」
「よろしくなの!」
私の差し出した手を握り返してくれるリルカ。
そこにミーシャも加わり、三人で握手を交わした。
◇◇
「……まずは携帯食と水。それと魔法薬も必要。あとは念のために最低限の着替えも」
「食べ物に水に……えっと……」
「落ち着いて準備すればいい。時間はまだある」
「う、うん、分かったの」
軽い買い出しを終え、リルカの指示でアイテムバッグに荷物を入れていくミーシャ。
ミーシャは獣人だけど、リルカも帽子とローブで頭とお尻が見えないから、こうして見ると姉妹みたいに見えるね。
しばらく微笑ましくその光景を眺めていると、リルカがこちらを振り向く。
「……アルネ。手が止まっている」
あ、はい、すみません。
私は手に持ったすりこぎ棒を動かす。
すり鉢の中には何種類かの薬草が入っており、ペースト状になるまで混ぜれば緊急用の塗り薬になるらしい。
ちなみに、教えてくれたのはミーシャだ。
さすがエリューさんのもとで薬草採取をしていただけのことはあるね。
普段は無表情のリルカも、これには驚きを隠せないでいた。
「準備終わったのー」
「……お疲れさま」
「うん。リルカさん、ありがとう。お花さんのほうはどう?」
私はすり鉢ごと中のペースト状を見せる。
緑と茶色を混ぜたような色のそれは、すりこぎ棒を持ち上げるとドロッと粘りをもって落ちていく。
これくらいでいいの?
ミーシャは椅子から下りると、トタトタと寄ってきて、すり鉢を覗く。
「もう大丈夫なの。あとは瓶に詰めるだけなの」
「……瓶持ってくる。待っていて」
リルカはそう言うと、リビングから出ていく。
さて、明日の準備も終わったし、今日のところは帰るとするかな。
本当は今日からでもこの家に泊まるつもりだったけど、すでに宿屋にはお金を払っているし、何より家具――特にベッドがなかった。
なので、今日と明日は宿屋に泊まり、明後日に家具を集める予定でいる。
リルカは「明日でも問題ない」と言っていたけど、さすがに依頼を放り出して家具を買いにいくわけにはいかない。
どうやら常設依頼は依頼を受けた、受けていないという区別はなく、いつでもやめていいみたいだけど、一度決めた以上は行きたい。
それに、リルカと一緒に依頼を受ける、という約束もあるからね。
私はリルカの持ってきた瓶に薬草を詰めると、明日の待ち合わせ場所を確認して、リルカの家を後にした。




