六十五話 模擬戦闘
「なんだ嬢ちゃん、格闘家なのかい? そんなほっそい腕して?」
ギルドマスターは私が頷くと驚き、私の腕や足を不思議そうに見てくる。
女性の身体をジロジロと見るものじゃないよ。
私は視線から逃れるように斜め後ろに動く。
「ギルマス、視線がいやらしいです」
「えー、ひどいなあ。まあいいや、怒られる前に始めようか」
受け付けのお姉さんの言葉で見るのをやめてくれる。
っていうか、怒られるって……子どもか!
「試験は簡単。制限時間まで僕と戦ってくれればいい。あ、もちろんハンデはつけるよー」
……え、それだけ?
判定基準とかないの?
思わず首を傾げる。
「ハンデの内容が気になるの? そうだねー、たとえば、『ここから動かない』とか?」
いや、聞かれても困るし。
というか、聞きたいのはそこじゃないし。
「そうそう、嬢ちゃんの実力は分からないけど、場合によってはハンデも解除するからそのつもりでよろしく」
「ちなみに、ギルマスはこう見えても元Aランク冒険者です。ギルマスが背負っている剣を抜かせたら、Bランクは確定です」
「こう見えては余計じゃない?」
Aランクってことは、リルカの憧れの冒険者と一緒か。
やっぱりギルドマスター――長いからギルマスでいいや――は強いんだ。
まあ、あの剣を抜かせられればBランク確定なら、とりあえずそこを目指すかな。
私は手に持ったままの黒板をアイテムバッグにしまうと、アイテムバッグごとミーシャに預ける。
その間にギルマスは壁に立て掛けてあった木製の剣を手に取り戻ってくる。
「では、アルネ様の進級試験を開始します」
「どっからでもかかってくるといいよ」
……うーん、そう言われても。
動かない相手に攻撃するのはなんか気が引ける。
まずは動かないとかいうハンデを解かせるとするかな。
私は花の蔓を一本伸ばすと、毒花粉を噴射する。
「なんだあの蔓!」
「あんな魔法、見たことないぞ?」
「ってか、あの紫の霧みたいなのって、もしかして毒か!?」
「ちょっ、嬢ちゃん、たんま!」
あ、やばっ。
ここ室内だった。
慌てる冒険者たちとギルマスの声でようやく思い出し、すぐに毒花粉を止める。
「うわっ、こっち流れてくるぞ!」
「に、逃げろ!」
空気の通り道なのか、冒険者のほうへ流れていく毒花粉。
ギルマスも飛び退くように後ろにさがる。
いや、そこまで慌てなくても、少し吸ったくらいじゃ死なないよ。
私は毒花粉に向けて両腕を横へ伸ばすと、魔法を発動させる。
水の檻『ウォーターケージ』。
毒花粉を中心とした半径二メートルほどが、水で覆われていく。
すぐに毒は水の檻に閉じ込められた。
さらに私は水の檻を狭めていき、手のひらほどの球体にする。
そしてその水の球を口元まで運ぶと、飲み込んだ。
ごちそうさま。
「の、飲み込んだぞ……」
「嬢ちゃん、平気なのか?」
ギルマスが驚いたような心配するような変な顔で尋ねてくる。
いや、私が出した毒なんだから、私が飲んでも大丈夫に決まってるでしょ。
首を縦に振っておく。
それよりも、動かないとかいうハンデはもうないよね?
私はギルマスの足元を指差した。
「……あー、こりゃ一本取られちゃったよ。いいよ、ならお望みどおり、この剣以外のハンデはなしだ」
そう言って練習用の剣を構えるギルマス。
私も前二本の茨の蔓を伸ばすと、少しだけ力を込めて床を蹴る。
「今度は特攻か。元気のいい嬢ちゃんだねえ」
空中で降り下ろした蔓を剣で難なく受け流される。
今の攻撃で折るつもりだったけど、無理だったか。
その後も二度三度蔓で攻撃するが、全て受け流されてしまう。
体格に似合わず綺麗な剣捌きだ。
剣のことはよく分からない私でもそう思える。
攻撃を止めて着地したところに、今度はギルマスが迫る。
私は咄嗟に蔓を盾にするが、蔓に衝撃が加わり数メートルほど後ろに飛ばされてしまう。
「お、今の防がれちゃうのか。やるねえ。その蔓、いったいどんな魔法なんだい?」
魔法じゃないよ、ただの魔物の身体の一部だよ。
なんて言うことは色々な意味でできないので、代わりに右手を前に伸ばす。
ウォーターボール!
打ち出したウォーターボールは、たやすく剣で叩き落とされてしまう。
これも通じないか。
「今の魔法の威力も発動速度も十分だねえ。いやー、怖い怖い。その歳でこのレベルなんて、末恐ろしいよ」
余裕そうに笑うギルマス。
私は無視して両手を伸ばし、今後はウォーターレインを作る。
くっ、まだまだ時間がかかりすぎる!
もちろんそれを待ってくれるはずもなく、ギルマスは一歩で接近してくる。
「その魔法は使い勝手が悪そうだねえ。ま、いいところまではいったと思うよ。また実力をつけて挑みに来てよ」
降り下ろされる剣に対して、私は微笑んだ。
これを待っていたよ!
ギルマスからは見えない位置で後ろの茨の蔓を伸ばすと、思いっきり床を叩く。
剣とすれ違うようにギルマスに肉薄すると、その巨体へと拳を叩き込んだ。




