五十九話 人の話は聞くように!
王都に入ってまず目を引いたのは、お城だった。
灰色の壁と同じ素材なのか違う素材なのか、とにかく真っ白なお城だ。
屋根の部分がレンガっぽい赤色になっているので、余計に際立っているように見える。
「お花さん、見て! 本物のお城なの!」
ミーシャがお城を指差して、興奮したように声をあげている。
私も年甲斐もなくはしゃぎたくなるが、周りの人がミーシャに温かい目線を向けているのを見て、ぐっと堪える。
人の目線には慣れたつもりだったけど、まだ羞恥心は残っているようでちょっと安心した。
「こちらです。はぐれないように着いてきてください」
スズハさんが先導してくれるので、私はミーシャの手を引いて後を追う。
それにしても本当に人が多いね。
舗装された通りを歩いていると、すれ違う人のほとんどが私を見ているように思えてしまう。
「……花?」
「あの子、亜人かしら?」
「あんな亜人見たことないな」
うーん。
王都でもやっぱり私の姿は目立つらしい。
これは、早いところローブか何かを買ったほうがいいね。
しばらく通りを歩いていると、スズハさんが一軒の建物の前で立ち止まり、こちらを振り返った。
「この店です」
「わあ!」
えっと――ん?
視線を横へ向けると、そこだけ時代から取り残されたような、古びた木造の店が建っている。
……え、ここ?
本当にあってる?
確認しようとお店を指しながらスズハさんを見ると、すでにドアを開けて入ろうとしていた。
ああ、もう!
なぜか目を輝かせているミーシャの手を引いて、私も店の中へ入る。
古い木造建築特有の、でもどこか安心するような臭いが鼻につく。
私の実家って、もしかして古かった?
……うん、思い出せないからいいや。
店の中には机や棚がほとんど隙間なく置いてあり、人が一人通れるようなスペースしかない。
その机や棚には、お面や指輪といったものから用途の分からないような道具まで、多種多様な物が所狭しに置いてある。
値札っぽい紙が貼られているし、いちおうこれが商品なのかな?
「これ、何かな?」
「迂闊に触らないほうがいいですよ」
ミーシャが近くの壺に手を伸ばそうとするのを、スズハさんが遮る。
ミーシャは慌てて手を引っ込めると、怯えたように私の後ろ――といっても入り口しかないが――に隠れてしまう。
いや、迂闊に触っちゃいけないって、ほんと何の店なのよ?
「おいおい、失礼なことを言うな。危険なものは触っただけで起動はしないようになっとる」
そう言いながら男性が店の奥から出てくる。
……ええっと、小熊?
現れたのは、ミーシャよりも背が低いけど横には長い男性だった。
ぼさぼさになった茶色い髪と髭が繋がっており、服も茶色の毛皮のようなものを着ているから、一瞬熊に見えてしまった。
「そうですか。それは失礼しました」
「で、そっちの嬢ちゃんたちは何だ?」
私たちに怪訝な視線を向けてくる茶髭の男性。
うーん、どこかで見たことが……。
……あ、分かった。
この人、きっとドワーフだ!
「彼女たちは、私の……恩人、でしょうか?」
「いや、俺に聞くなよ。……分かった分かった、要は訳ありってことだな。で、その訳ありが何の用だ?」
「彼女に、とある物を見繕っていただきたいのです」
ドワーフって考えれば、このずんぐりした体型や長い髭にも頷けるね。
ということは、この周りの変な物も、この人が作ったのかな?
ファンタジーものだと、ドワーフは手先が器用で鍛冶や工芸細工が得意っていうのは鉄板だし。
「その花の飾りをつけた嬢ちゃんに、か? それとも後ろの子か? それに、そんな緑の肌見たことがないが……何の亜人だ?」
「彼女は……魔物です」
「――はっ、なるほどな! ってこたぁ、入り用なのは魔力封じか、いや、反応阻害ってとこか。おい、魔物の嬢ちゃん」
いやー、まさか本物のドワーフが見られるなんて、思ってもみなかったよ。
転生さまさまだね。
ドワーフいるってことは、もしかしてエルフとかもいるのかな?
あー、できれば美人長命のエルフとかに転生したかったわ。
なんでよりによって魔物になるかなー。
「おい、嬢ちゃん。聞いてるのか?」
「……お花さん、呼ばれてるよ?」
ミーシャに後ろから揺らされて我にかえると、スズハさんとドワーフさん(仮)が、揃って呆れたように私を見ていた。
……あ、ごめん。
ドワーフに感動して聞いてなかった。
「おい、騎士サマよ。これ本当に魔物か?」
「はい……恐らく」
「はあー。もういい。お前さん、希望の装飾品はあるか? ネックレスか、腕輪か。言っておくが、小さいのは無理だからな」
深くため息をついてから、尋ねてくるドワーフさん。
え、装飾品?
そんなの、いきなり聞かれても困るんだけど。
あ、でも、ネックレスとかだと邪魔になりそうだし、腕輪のほうがいいかな。
私は右手で自分の左手首を掴む。
「なんだ、それは?」
「彼女は喋れないのですよ。腕輪という意味ですか?」
そう、それ。
私は同意するように頷く。
「分かった、腕輪だな。明日の朝までに作っておくから、また取りにこい」
「よろしくお願いします」
スズハにあわせて、私も軽く頭を下げておく。
何かよく分からないけど、アクセサリーを作ってもらえるらしい。




