五十七話 王都入街お断り?
ノウクス村を出てから三日目の昼。
相変わらず馬車は草原にできた轍に沿って走り続けている。
以前と変わったことといえば、道が踏み固められているからか、揺れが少なくなったことか。
その反面、王都からどこかへ向かう途中なのか、すれ違う馬車が多くなった。
すれ違うたびに、いちいち奇異の目を向けてくるのはやめてほしい。
今さらながら、帽子とかフード付きのローブとかを買えばよかった。
まさしく、後悔先に立たず、だね。
そんなちょっとした後悔をしながらも、特にやることもないのでボーッとしていると、ルットマンさんが声をあげる。
「おい、王都が見えたぞ」
「――王都!」
ミーシャが反応して立ち上がろうとするので、慌てて肩を押さえる。
だから、馬車の上で立ったら危ないって。
ミーシャを座らせると、私とミーシャは座ったまま少しだけ身体を浮かせて前を覗く。
遠くに灰色の城壁が続いているのが見える。
さすが王都というべきか、その壁はかなり高さがあるようで、中の建物はあまり見えない。
中央のお城っぽいものや、その周りの建物の上部だけが見えている。
丘みたいに高くなっているのかな?
「あれが王都なの?」
ミーシャも首を傾げている。
まあ、見えるのはほとんど壁だけだからね。
「あれは魔物が入らないように、壁で囲ってあるんだ」
「えっと、柵みたいなもの?」
「そうだな」
「すごい! 大きいの!」
まあ、柵と比べたらね。
そういえば、王都にも魔物除け結界が張ってあるのかな?
村で結界に弾かれたことを思い出す。
王都なんだし、あれよりも強い結界が張ってあるのかも。
……うん、むやみに壁には近づかないでおこう。
その後もあれこれ質問を続けるミーシャ。
今まで森から出たことがないらしいし、ましてや王都のような大きな街を見るのも始めてなはずだ。
これだけはしゃいでくれると、連れてきてよかったと思う。
ふと向かい側に座るリルカを見ると、いつも通り帽子を下げて俯いている。
寝ているのか、視線を遮断しているのか。
というか……リルカって王都をメインに活動している冒険者だよね?
そんなに人が多いところが苦手なのに、よく王都で活動しようと思ったよね。
「……何?」
じっと見ていたことに気づいていたのか、リルカが顔をあげて問いかけてきた。
なんでもないよ。
私は首を横に振ると、徐々に大きくなる壁へと視線を向けた。
◇◇
王都――。
ファルムンド王国という大国の中心地であり、世界有数の大都市でもある。
王家の住まう城を中心とし、その周囲に貴族や富豪の住む上流地区が存在する。
さらにその周りは、店が建ち並ぶ商業地区、工房などがある工業地区、平民の住む住宅地区などが、区画ごとに整理され分かれている。
また、交易の盛んな都市としても有名である。
東西南北の四方を四大貴族と呼ばれる領主が治めており、その土地ごとの名産物が一挙に集うためだ。
私たちが通ってきた西の領は、今まで見てきたとおり広大な草原が広がっており、農業が盛んな土地となっている。
……ちなみに、全てルットマンさんの受け売りだ。
異世界人の私が知っているはずがないからね。
私とミーシャは、四、五メートルほどある灰色の石でできた壁を見上げる。
近くで見ると、より高さが際立つね。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「……またギルドで会ったらよろしく」
ルットマンさんとリルカが、馬車の上からそう言う。
どうやら行商人とその同伴者は、品物の検査のため別の入り口を通るらしい。
私とミーシャも一緒に、と思ったが、通行書がないとダメとのこと。
残念だけど、二人とはここでお別れだ。
「なんだかんだ助けられたな。もし困ったことがあれば、相談くらいにはのってやるよ」
「……バイバイ」
「またねー!」
ミーシャが大きく手を振り、私も合わせて手を振る。
二人の乗る馬車が遠ざかったところで、私はミーシャの手を取る。
さ、私たちも行こっか。
リルカたちとは逆の方へと数分歩くと、壁を分断するように建てられた鉄製の門が見えてくる。
その門の前には、槍を手にした男の兵士らしき人が一人、暇そうに立っている。
あれがルットマンさんの言っていた検問所かな?
私たちが近づくのが見えたのか、兵士がこちらに顔を向ける。
と同時に、目を細めて訝しげな顔つきになる。
「そこの者たち、止まれ。どうして子ども二人で外を歩いている?」
うん、やっぱり聞かれるよね。
『行商 乗せてもらった』
私は前もって用意していた黒板を兵士に見せる。
ミーシャに説明をお願いするわけにはいかないからね。
ただ、これで納得してくれるかどうかは微妙なところだ。
「行商? ……ああ、なるほど。それなら通っていいぞ。中にいるやつに通行税だけ渡すように」
兵士は納得したように頷いて、警戒を解いてくれる。
お、意外とすんなりといったね。
反応から察するに、よくあることなのかな?
何にしても嬉しい誤算だ。
私は頷くと、ミーシャの手を引いて兵士の横を通り、鉄の門を潜る。
門の向こう側は建物の中に通じているようで、通行税を支払う用のカウンターもある。
あとは税を払えば終わりだね。
無事に通れてよかった、と気を緩めたときだった。
カウンターに置かれたベルが、けたたましく鳴り響いた。




