五十六話 古代魔法
パリパリそうめんを食べた後、麺屋のおじさんから乾麺を購入しておく。
焼き麺しかないなら自分で作るしかないよね。
幸い腐るようなものでもないし、王都へ行って落ち着いたら作ろうと、心に決めた瞬間だった。
それからミーシャと一緒に露店を冷やかしてまわり、ついでにウィードの畑も見学し、暗くなる前に宿屋へ戻った。
そして翌日の早朝。
宿屋の前へ行くと、すでにリルカが待っていた。
周りに行商人がちらほらいるせいか、相変わらずとんがり帽子を目深く被っている。
「おはようなの」
「……おはよう」
ミーシャとリルカが挨拶し、私は軽くおじぎしておく。
あれ、ルットマンさんは?
辺りを見渡しても姿が見えない。
もしかして、言い出した本人が遅刻?
と思っていたけど、すぐに馬小屋の方から馬車に乗って現れた。
ルットマンさんは私たち三人の近くまで馬車を寄せると、親指でクイッと後ろの荷車を指差す。
「ちゃんと揃っているな。早く乗りな」
遅れたら置いていくとか言いながら、ちゃんと揃っているか確認するとか、もしかしてツンデレ?
そんなことを聞くと置いてけぼりにされそうなので、大人しく乗り込む。
途中、生暖かい目で見てたのに気づかれたのか、睨み返された。
◇◇
ノウクス村が見えなくなった頃、ずっと静かに伏せていたリルカが、ようやく顔を上げる。
その顔には疲労が浮かんでいる。
そんなに人ごみが苦手なのかな?
「……やっと人が少なくなった」
「リルカさん、人が多いところ苦手なの?」
「……注目されるのは嫌い」
あー。
その気持ち、痛いほどよく分かるよ。
私もアルラウネになってから人通りの多いところを歩くと、ジロジロ見られるからね。
まあ、逆の立場だったら私だって見るだろうから、とやかく言うつもりはない。
それに、最初の頃よりだいぶ慣れてしまったのか、今はそれほど気にならなくなった。
……うん、年頃の女としてはアウトだね。
けど、リルカってそこまで目立つ格好はしていないし、注目されるような要素ってあるかな?
「……そういえば昨日。アイテムバッグの整理をしていたら面白い本を見つけた」
リルカは話をそらすように、アイテムバッグから一冊の本を取り出す。
あまり触れられたくないことのようだし、ここはあえて話にのることにする。
私はリルカが差し出してきた本を受け取ると、表紙を見る。
えっと……『古代魔法研究論』?
ナニコレ?
「こだい魔法……?」
横から覗きこんでいたミーシャも、頭にはてなマークを浮かべている。
ミーシャも知らないってことは、少なくともこの世界の常識ってわけじゃないみたいだ。
「……そう。古代魔法。かつて魔法を生み出した者たちが使っていたとされる魔法。でも今はその名前しか残されていない魔法。そんな魔法について研究しているのがその本」
表紙から何枚か捲ってみると、目次のようなものを見つける。
えっと、なになに?
『精霊魔法』に『神意魔法』、あとは『時空間魔法』?
どうやらこの本に書かれている魔法の大項目らしい。
精霊魔法は分かる。
ゲームとかでよくある、火の精霊とか水の精霊とかの力を借りて使う魔法のことだろう。
って、この世界に精霊とかいるの?
私は本を横に置くと、黒板とチョークを取り出す。
もしかして宗教的なあれこれがあるんじゃ――と一瞬迷うが、率直に聞いてみることにする。
『精霊 存在する?』
そう書いた黒板をリルカに見せるが、リルカは首を捻って「せいれい?」と呟く。
うん、知らないみたいだね。
いちおうミーシャにも確認してみるが、同じく首が曲がっただけだった。
次、神意魔法……は分からないね。
この中で一番意味不明なやつだ。
神様の意志? 意向?
なんとなく危ない雰囲気が漂っている気がする。
まあ、分からないものは考えてもどうしようもない。
最後に時空間魔法。
これは逆に一番分かりやすい。
小説とかマンガに出てくる、時間と空間を操る魔法のことだよね。
大体ラスボスとかが使ってくるイメージだ。
時間を止めたり、空間を移動――つまりテレポートしたりする魔法だと思う。
「古の魔法。失われた魔法。ボクも使ってみたい。ロマン……」
「わたしも使ってみたいの!」
「ふふ……古代魔法仲間」
私があれこれ考えている間、リルカは少し弾んだ声でミーシャと話している。
そこにはさっきまでの暗い雰囲気はない。
一昨日も思ったけど、リルカって魔法の話をするときは楽しそうだよね。
Aランク冒険者に憧れて魔法使いになったと言っていたけど、元々魔法は好きなんだろう。
それにしても古代魔法か。
興味はあるけど、正直学術書はあまり読む気にはなれない。
そう思いながらパラパラと適当に捲っていると、ふとある項目が目についた。
『時空間魔法とアイテムバッグの関係性に関して』
私は右横に置いてあるアイテムバッグを横目で見る。
確かに、アイテムバッグって謎だよね。
「お花さん、何か気になるの?」
「……もしかして使える魔法がある?」
こんなよく分からない魔法、使えるわけないでしょ。
私は首を横に振ると、ページを閉じてそっとリルカへ本を返した。




