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五十四話 パン屋のウワサ

 村を歩いていると、どこからともなくパンの匂いが漂ってくる。

 と同時に、ミーシャのお腹が小さくきゅうと鳴く。

 顔を赤くしてさっとお腹を押さえるミーシャ。

 そういえば、グラスウルフの騒ぎで、お昼は軽く済ませたんだったね。


 私は辺りを見渡して露店を見つけると、ミーシャを引っ張っていく。

 露店には、冷めてしまっているが、それでも美味しそうなパンがいくつも並んでいる。


「いらっしゃ……い?」


 屈んで作業をしていた店員のおばちゃんが私たちに気付いて顔をあげるが、途中で動きをとめる。

 この流れ、獣人の村でもやったなー。

 ちょっと懐かしい。


「……おっと、失礼。ちょっと驚いちまったよ。あんたたち獣人かい?」

「うん、そうだよ」


 ミーシャが返事し、私も便乗して頷いておく。

 説明が面倒だし、獣人と勘違いしてくれるならそれに越したことはない。


「そうかい、珍しいね。何か食べていくかい? もう売れ残りだから安くしておくよ」


 ありがたいね。

 村を出る前に稼げるだけ稼いだけど、余裕はもっておきたい。

 まあ、いざとなれば魔物を狩って売るという手もあるけど。


「お花さんはどれにするの?」


 身をのり出すようにパンを熱心に見ていたミーシャが、私を振り返って尋ねてくる。

 私も机に並べられたカゴに入ったパンを見る。

 フランスパンのような丸だったり楕円だったりする形のパンが多いけど、中には食パンのような四角いパンもある。

 フランスパンの中にも、干した果物やお肉が練り込まれているなど、一工夫凝らしてあるものもある。

 村で見たときよりも種類が豊富だね。


 私はその中から、レーズンのような果物が練り込まれたパンを選んで指差す。

 ミーシャは「それも美味しそうなの」と呟きながら、ふらふらと目移りしている。


「どれも美味しそうだろう? なんたってこの村でできたウィードを使っているからね」


 わははと愉快そうに笑うおばちゃん。

 あー、なるほど。

 ウィードって、つまり小麦粉ってことか。

 ……ん?

 小麦粉ってことは、もしかしてパスタやうどんもあるのかな?


 この世界に来て早数ヶ月。

 パンも美味しいんだけど、たまに無性に麺類やご飯が食べたくなるときがある。

 明日は一日暇だから、村の散策ついでに探すのもいいね、


「そういや、あんたたち、親御さんは一緒じゃないのかい?」


 ミーシャが選んでいる間、おばちゃんが暇なのか話かけてくる。

 おばちゃんはキョロキョロと辺り見回しているけど、何か勘違いしていない?


「まだ明るいからいいけど、暗くなる前に親御さんのところへ戻るんだよ?」


 えっと……これ完全に子ども扱いされてるよね?

 私、これでも前世は大学生だったし、大人だよ?

 まあ、ミーシャは子どもだし、私も子どもにしか見えないから、仕方がないのかもしれない。


「領主様のご息女も、いなくなったのはあんたたちくらいの歳だったからね」


 うん?

 今、領主様って聞こえた気がする。

 へー、この世界って領主とかいるんだね。

 ……いや、よく考えれば当たり前か。


 王都ってことは、王がいる国だということ。

 王が国中全てを管理するわけにいかないから、それぞれの地域ごとに管理を誰かに任せる必要がある。

 結果として、領主が必要になるわけだ。


 で、その領主のご息女――つまり娘さんがいなくなった?

 私は思わず首を傾げる。


「ああ、知らないのかい? もう四年くらい前になるかね、この地域を治める領主様のご息女が、ある日突然行方をくらませたのさ」


 それって、誘拐されたってことかな?

 ドラマなどでよく見る、領主の娘とかを誘拐して身代金を要求するシーンが頭の中で再生される。


「しかも、まるで神隠しにあったように、その後も手がかり一つないらしいんだよ」


 手がかりがないってことは、誘拐の線はないね。

 おばちゃんが言うとおり、神隠しなのかな。

 魔法が使えるファンタジーな異世界なら、神隠しがあっても不思議じゃないし。

 または、魔物に襲われて……とか?

 ……うん、これ以上は考えるのは止めよう。


「まあ、あんたたちも暗くなる前に帰りなよ。……ところで、そっちのお嬢ちゃんは、何にするか決まったのかい?」

「うー。じゃあ、これにするの!」


 おばちゃんがミーシャに声をかける。

 ミーシャは最後に少しだけ悩むと、中央に厚切りベーコンのようなお肉が入った丸いパンを指差した。

 おばちゃんは「あいよ」と言ってパンを袋に入れてくれる。


 私はアイテムバッグからパン二個分の硬貨を取り出して渡し、レーズンパンを受け取る。

 ミーシャもベーコンパンを受け取ったのを確認すると、私は軽くおじぎをした。


「まいど、ありがとね。気を付けて帰るんだよ」

「うん、ありがとうなの!」


 ミーシャがおばちゃんに元気よく手を振ると、おばちゃんも軽く手を振ってくれる。


 ところで、結局、最後まで子ども扱いだったね。

 まあ、面倒だからって訂正しなかったのは私なんだけどね。


 その後、別の露店で果汁のジュースも買うと、近くの広場のベンチに並んで腰かけていただいた。

 さすがはウィードの特産地、表面はパリッと、中はふわっとした、おいしいパンだった。

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