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幕間 とある行商人のぼやき

いつもご愛読ありがとうございます!

また、評価およびブックマークも励みになっております。

まだまだ拙い文章ですが、引き続き第二章をお楽しみ頂ければと思います。

 俺はルットマン、行商人だ。

 王都周辺の街や村を回って特産品を仕入れ、王都で売る。

 そんな商売をもう十年以上続けている。


 大量に仕入れた商品の価格暴落なんて何度も経験し、その度に死に物狂いで赤字を取り戻してきた。

 同時期に商売を始めた奴らの大半が脱落したが、俺はまだ続けられている。

 すでにベテランといっても過言じゃないだろう。


 そんな人生経験豊富な俺だが、現在、非常に困惑した状況にある。

 手綱を握りながら荷車の方を横目で見る。

 雇った冒険者一人と、森の手前にあるヘッセ村という小さな村で拾った女二人組が乗っている。

 冒険者の方も一癖あるが、それは承知の上で雇っている。

 悩みのタネは二人組の方だ。


 馬が怪我をしたため、ヘッセ村で立ち往生していた時だった。

 この二人組はやってきて、王都まで乗せてほしいと言ってきた。

 もちろん始めは断ったさ。

 人を乗せればその分商品が仕入れられない。

 運賃よりも商品の儲けの方が大きいに決まっている。

 俺にメリットはない。


 だが、あの時の俺は足止めをくらっていたことに相当参っていたのだろう。

 しつこく乗せてほしいと言ってくる二人に対して、


「今すぐにでも馬が元気になったら乗せてやる」


 と投げやりに言ってしまった。


 そしたらどうだ。

 マントのような外套を着た方が馬に触れると、たちまち怪我が治りやがった。

 魔法使い――それも魔法の発動の速さから、かなりの実力だとうかがい知れる。


 もちろん俺は商人。

 例え口約束だろうが、一度約束したことを(たが)えるつもりはない。

 仕方がなくこうして王都まで乗せる羽目になったわけだ。


 馬の怪我を治した方は、十歳ほどの獣人の子どもだった。

 黒い髪に黒い耳、外套からは黒いしっぽの先がチラチラと見え隠れしている。

 獣人は珍しいが、ヘッセ村の奥の森には獣人の村があると噂で聞いたことがある。


 商人の間の噂話というのは意外と馬鹿にならない。

 儲け話にめざといからか、疑い深い性格の奴が多いからか。

 とにかく、噂も真実であることが多い。

 何より、実際に獣人を拾ったんだ。

 獣人の村の噂は本物なのだろう。


 そういう理由から、ヘッセ村で獣人を拾うこと自体は何もおかしくはない。

 おかしいのは、歳と魔法の実力が釣り合っていないことだけだ。

 獣人の村にはよほどの魔法の使い手が住んでいるのだろう。

 一度行ってみるのも悪くないかもしれない。


 とまあ色々と気になる点はあるが、それはいい。

 問題はもう一人の方だ。


『何か用?』


 もう一度荷車へ目を向けると、そう書かれた黒板を俺に向けていた。

 思わず慌てて顔を前に戻してしまうが、別に慌てる必要はないことを思い出す。


 そう、今黒板を持っていたのがもう一人の方。

 ホルターネックブラウスに花びらのような真っ赤なスカート、頭にも真っ赤な花の髪飾りをつけている、相方と同じ十代前半の子どもだ。

 相方と違うのが、特徴的な緑の肌と緑の長い髪だ。

 こいつも獣人なのか? と一瞬思ったが、そんなわけがない。

 だが、こんな亜人は見たことも聞いたこともない。


 ……いや、思い当たる節が一つだけある。

 どこかの森の奥深く、人が決して近寄ることのできない場所に住むという亜人。

 その名も『ドリアード』だ。


 いやいや、と首を横に振る。

 さすがにそれはない。

 ドリアードなんて所詮おとぎ話、空想上の亜人だ。

 実在するわけがないだろう。

 きっと俺の知らない何らかの獣人に違いない。

 そうに決まっている。


 再三振り返る勇気が俺にあるはずがなく、馬車は一面の草原を進む。

 数日立ち往生をくらったことと、正体不明の二人組を乗せたこと、そのせいで特産品があまり積めなかったこと以外は順調な旅だ。

 さっさと王都へ戻って二人組とオサラバし、綺麗さっぱり忘れよう。

 そう心に決めたときだった。


「……北西から魔物の気配がする」


 冒険者の女がそう呟いた。

 左後ろへ首を回すと、草原のはるか遠くに豆粒みたいなものがいくつも見える。

 豆粒は徐々に大きくなってくる。

 あれはまさか、グラスウルフの群れか!


 グラスウルフはその名のとおり草原に生息するウルフ種の魔物だ。

 一体一体はDランク程度とそこまで脅威ではないが、群れで行動しているときはCランクの魔物にも匹敵する。

 草原でグラスウルフの群れにあったら積み荷を置いてでも逃げろ、というのが行商人の常識だ。


 だが、幸い冒険者が早めに気づいたおかげで、まだ距離はある。

 馬は疲弊させることになるが、この距離なら十分逃げられる。

 手綱を振るおうとしたとき、猫の獣人の子どもが叫んだ。


「おじさん、前からも来ているの!」


 なんだと!

 慌てて視線を戻すと、前方からもグラフウルフの群れが猛スピードで迫ってきていた。

 咄嗟に手綱を引いて馬を止める。


「……挟まれた。両方は相手にできない。どうする?」


 俺に聞くな。

 クソッ、俺の人生もここまでか。

 積み荷を置いて逃げようと馬車から飛び降りようとすると、後ろから服の裾を掴まれた。


『私が前を倒す』


 は?

 黒板に書かれた文字に思考が追いつかないうちに、緑の亜人は馬車から飛び降りた。

 緑の亜人の腰からは、まるで本物のドリアードのように、棘の蔓がいくつも伸びていた。



 ……俺はルットマン、行商人だ。

 俺の悩みのタネは、まだ続きそうだ。

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