五十話 月明かりの夜に
テアさんが引き起こした事件から八日が過ぎ、村も以前のような賑わいを見せている。
とはいえ、魔物の死体や家屋の破片の撤去、それに壊れた家の応急処置が済んだだけ。
修復はこれからが本番だ。
木々の伐採のために森へ行く際の護衛には、昨日到着した王都近衛騎士団の人たちが協力してくれている。
王都へは馬車で片道四日から五日かかると聞いているから、馬車を使わず馬だけで、それも強行軍できてくれたんだろう。
スズハさんには感謝してもしきれないね。
そして私は今、大事な話をするため、村長の家の一階にいる。
木製のテーブルの席には、村長とジルドはもちろん、ミーシャ、エリューさん、キャティさんが揃っている。
私がこの村で特に交流があった人たちだ。
その全員が、私が手に持った黒板に釘付けになっている。
ミーシャにいたっては、口をポカンと開けている。
『王都へ行く』
――そう。
私は近いうちにこの村を出ていくつもりだ。
テアさんがこの村で騒動を起こしたのは、私というレアな魔物を狙ってのこと。
そのテアさんは捕まったが、今後同じことが起こらないとは限らない。
そして、その可能性があるのに、私はこの村に居座ることはできない。
だからあの日の夜、この村から出て王都へいくことを決心した。
王都なら強い冒険者が何人もいるだろうし、スズハさんの属する王都近衛騎士団だってある。
例えまた狙われるようなことが起きても、周りへの被害は少なくてすむはずだ。
まあ、被害を気にするなら一人でひっそりと暮らせばいいんだろうけど、残念ながらそこまでの覚悟はない。
「ふんっ。魔物が王都へ行くなど、自殺行為だな」
「まあ、今の見た目なら、ギリギリ亜人と言っても問題ないだろうよ」
ジルドがいつも通り鼻で笑い、エリューさんが補足する。
というか、亜人って獣人とかエルフとかの総称のことかな?
うん、これは後で調べておこう。
「お花さん、王都へ行っちゃうの?」
ミーシャが涙目になりながら私のことを見てくる。
うっ……。
そういう目で見つめられると、決意が揺らいでしまう。
「……花のお嬢さん、一つ提案があるのじゃが、いいか?」
顎に手をあてて何かを考えていた村長が、おもむろに口を開く。
うん?
私は村長の方へ顔を向けると、首を傾げる。
「ミーシャも一緒に、王都へ連れていってはくれんかの?」
……はい?
え、今なんて言った?
私は思わず傾げた首をさらに曲げる。
「花のお嬢さんも知ってのとおり、ミーシャの両親は王都で冒険者をしておる。ミーシャには本当にこのまま一人暮らしをさせてよいのか、前々から思っておったのじゃ」
確かに、それには私も同意する。
十代なんて一番多感な時期に、親と離れて暮らすなんて良いわけがない。
私にやたらと甘えてくるのも、きっと寂しさからなんだと思う。
「わたしも、お花さんと一緒に行っていいの?」
「花のお嬢さんがよければ、の話じゃが」
「お花さん?」
ミーシャが潤んだ目を向けてくる。
だから、そういう目は卑怯だよ。
まあ正直、私もミーシャと別れるのは辛い。
だって、この世界に来て始めて会った人だし、一緒にいた時間も一番長い。
一緒に来てくれるなら嬉しいな、とは思ってしまうほど、私はミーシャのことが好きだ。
『ミーシャ 一緒に来る?』
私は黒板にそう書くと、ミーシャへと向ける。
「――うんっ!」
黒板を見るや否や、ミーシャははじけるような笑顔で頷いてくれる。
その笑顔を見た私も、自然と笑みを浮かべる。
「あー。いい雰囲気なところ悪いんだけど」
それまで無言だったキャティさんが、おずおずといった様子で手をあげる。
ん?
何だろう?
「次に王都から乗合馬車が来るの、まだまだ先じゃないかな……?」
辺りに一瞬で白けた空気が漂う。
……えーっと。
そういうのは、もうちょっと早く言ってほしいな!
◇◇
私とミーシャは、すっかり暗くなった夜道を歩く。
ふと顔をあげると、少し欠けた月と、点々と輝く星が辺りを明るく照らしている。
元いた世界と違って街灯なんてものはないけど、その光のおかげで十分に視界は確保できている。
テアさんの魔法のおかげで、死ぬ直前のこととかは思い出せたけど、いまだ抜けた記憶も多い。
例えば両親のこと、例えば友だち(梨恵以外)のこと、例えば学校のこと。
それらも、いずれ思い出せるようになるのかな?
「……お花さん?」
なんて思いに更けっていると、ミーシャから声がかかる。
隣に並んだミーシャが不思議そうな顔をしてこちらを見上げている。
まあ、昔のことはそのうち考えればいいか。
それより今は、この瞬間を大事にしよう。
私は繋いだ右手をギュッと握る。
「えっと……?」
頭にクエスチョンマークを浮かべたミーシャを見て、少し笑みが漏れる。
それを見たミーシャはむうっと頬を膨らませる。
「お花さんのイジワル……」
あはは、ごめんごめん。
お詫びに私はミーシャに背を向けてしゃがむと、背中を指差す。
ミーシャはむくれた顔のまま、それでも背中に乗ると、首に腕を回して身体を預けてくる。
「お花さん。これからもよろしくね」
耳元でそっと呟かれた言葉に、私はしっかりと頷いた。




