四十九話 別れ、そして――
「あたしのこと、忘れちゃいないだろうね?」
……ソ、ソンナコトナイデスヨー?
私はスッと目をそらしつつ首を小さく横に振る。
翌朝、魔物の捜索と掃討に参加するため村長の家を出ると、そこには鬼……エリューさんが待ち構えていた。
ちなみにミーシャはまだ家の中だ。
ミーシャは一緒についていくと言って聞かなかったが、キャティさんに、
「一緒にお花ちゃんの分の朝ご飯作って待ってよう、ね?」
と諭されると、渋々といった様子で離れた。
今頃は仲良くサンドイッチでも作ってるかな?
私はミーシャのことを考えて現実逃避する。
見かねたようにエリューさんが「はあ」とため息をつく。
エリューさんってよくため息つくよね。
幸せが逃げちゃうよ?
……うん? もしかして私のせいか?
「冗談だよ。それより、あんたに伝言だ」
エリューさんは数歩で私に近づく。
私の顔の横へ自分の顔を寄せると、そっと耳打ちする。
「『今日の昼一で出発します。その前に直接お礼が言いたいので、村の外で待っています』だそうだよ」
……多分スズハさんかな。
あの人も律儀だね。
結局、最後の最後で助けられたのは私の方だっていうのに。
「確かに伝えたからね。そうそう、門の結界はあんたも通れるようにちょっと弄ってあるから、安心しな」
エリューさんは顔を戻してからそう言い残すと、ひらひらと後ろ手を振って去っていった。
うん、今、結界を弄るとかさらりと凄いこと言ったよね。
まあ、エリューさんだし、気にしたら負けなのか?
私はエリューさんの後ろ姿を見送ると、向きをかえて南門へと歩き出した。
◇◇
「来てくださったのですね」
門から少し歩き森に入った場所で出迎えてくれたスズハさんは、いつもの赤と黒のシャツではなく、鈍く輝く白銀の鎧を身に付けていた。
少し後ろで待機している四人も、同じ色の鎧を纏っている。
恐らく、これが王都近衛騎士団の正装なんだろうね。
さらに、兵の隣には、両手を鎖で繋がれたテアさんが立っていた。
鎖の先端、両手から垂れた部分には、魔石が埋まっている。
逃亡を防止するような魔法でも込められているのかな?
テアさんが笑顔を作り、手首だけで小さく手を振る。
うん、元気そうだね。
私がテアさんをじっと見ていたことに気づいたのか、スズハさんが説明してくれる。
「ああ、彼女もあなたに別れの挨拶がしたいそうなので、連れてきました。迷惑なら別のところで待たせますよ?」
私は首を横に振る。
会うのはこれで最後になるだろうし、何より私もテアさんに聞いておきたいことがある。
スズハさん納得したのか「そうですか」と頷くと――深々と頭を下げた。
……え?
「この度はこちらの不手際で争いに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。本来はこの村の人たち全員に謝罪をしたいところですが、それで余計な騒ぎは起こしたくはありません」
スズハさんはそこまで言うと頭を起こし、私の目を見る。
不手際って……。
今回は私というレアな魔物を狙って突発的に起こした行動だろうし、仕方がない気もする。
「特にあなたには何度も危険な目にあわせてしまったようです。もし何か私たちにできることがあれば、何でも言ってください。できる限り力になると約束します」
真剣な眼差しで私の目をしっかりと見つめるスズハさん。
それだけで誠意が伝わってくるし、それにいきなり何でもと言われても――あっ。
私はあることを思いつくと、肩から下げたアイテムバッグから、黒板とチョークを取り出して書く。
『村 復興』
「……それは、村の復興を手伝ってほしい、ということでしょうか?」
私が頷くと、スズハさんはふっと表情を和らげた。
え、私、変なこと書いた?
慌てて黒板を見るが、間違ってない気がする。
「すみません、笑ったわけではないのです。ただ、相変わらず優しいな、と。――分かりました。テアを王都まで送り届けたら、必ず手伝いを向かわせると約束します」
スズハさんが右手を差し出してくる。
私も右手を伸ばすと、かたく握手を交わした。
「盛り上がっているところ悪いのだけれど、そろそろわたくしもまぜてくれないかしら?」
テアさんが不敵な笑みを浮かべながら、横やりを入れてくる。
そうだね。
私はスズハさんの手を放すと、テアさんへと向き直る。
そして、黒板に一つの質問を書く。
『崖 ミノタウロス あなた?』
黒板を見たテアさんは、キョトンとした顔で首を傾げた。
「あら、そんなことが聞きたいのかしら? そうよ、わたくしが差し向けたのですわ」
当然というように答えるテアさん。
……やっぱりか。
なら、不本意だけど、テアさんには感謝しないといけないね。
だって、私がこうして自由に動けるのも、多分あのミノタウロスを倒したおかげなんだから。
「そうそう、わたくしのムチ、持っているかしら?」
私は無意識にアイテムバッグに手を触れる。
それを見たテアさんは満足げな笑みを浮かべる。
「そのムチはあなたに預けておきますわ。いずれ、また会ったときに、返してもらえればいいですわ」
「残念ながら、あなたはもう牢からは出られないでしょう。なので、彼女とも会うことはないですよ。連れて行ってください」
「あら、それは残念ですわね。うふふっ!」
不気味な笑いを響かせながら、テアさんは兵に連れられて森の奥へと消えていった。
「では、私も行くとします。王都へ来たときは、ぜひ顔を出してください。それでは」
スズハさんは最後におじぎをすると、テアさんたちを追いかけていった。
さ、私も戻るとしよっかな!




