五話 立った、アルラウネが立った!
グギャ、グギャ。
グギャグギャ。
…………んー?
グギャ、グギャ。
グギャギャギャ!
……あーもう! うっさいわ!
何騒いどんじゃ!
目を開けて、崖下の喧騒を確認する。
ミノタウロスの死骸にモンスターが群がり山になっていた。
気持ち悪っ!
え、何?
ミノタウロス食べてるの!?
ってか、アレ何?
死骸に群がっているのは、ミノタウロスの十分の一程度のモンスター。
ムカデのように足がうじゃうじゃと生えた長細い体。
頭部は異様に膨れている。
灰色の体表には、オレンジ色の目のような物が無数に並んでいる。
うっ!
ムリ! アレはムリ!
急いで顔を引っ込める。
ちょっと見ただけなのに、吐き気が込み上げてくる。
ううー、最悪の目覚めだ……。
しばらくすると、グギャグギャはいなくなっていた。
かつてミノタウロスだったものは、原型を留めていなかった。
……うん、なるべく視界に入れないようにしよう。
食べるのならもっと綺麗に食べてほしかった。
ところで、さっきから気になっていることがある。
なんか身体が軽くない……?
軽くストレッチしてみる。
不思議なことに、昨日までよりも身体がよく動く。
んー。
これは……筋力が上がってる?
え、もしかして、昨日ミノタウロス相手に動いたから?
筋肉って昨日の今日で付くものなの?
二の腕を触ってみる。
ぷにぷにしていて柔らかい。
あ、ちょっと気持ちいいかも……って違う!
いかんいかん。
うーん、見た目も感触も変わってない気がする。
まあ、モンスターの生態自体が謎なんだけどね。
ミノタウロスを倒した。
アルラウネはレベルが上がった。
アルラウネのステータスが上がった。
うん、きっとこんな感じだ。
細かいことなんて気にしたら負けだ。
そ、れ、よ、り、も!
筋力が上がったのなら、試すことがあるんじゃない?
そう、移動だよ移動!
昨日まではエネルギーが足りない云々言ってたけど、今の私には力が満ち溢れている。
今なら根っこくらい余裕で動かせる気がする。
よし。
物は試しだ。
根っこの一本に意識を集中する。
それを持ち上げるように、力を込める!
ふん!
ズボッという軽快な音とともに、根っこの一本が岩の隙間から抜けた。
あ、え?
予想よりもあっさりと動いたので、少し拍子抜けする。
今までの苦労は何だったんだ……。
根っこは、メインとなる太い根があり、そこから細く短い根がいくつか出ている。
うむ、残りも抜こうか。
ズボッ!
ズボッ!
全部で三本の太い根が現れた。
三本を別々の方に向けてから、ゆっくりと根っこを伸ばしてみる。
おお!
立った!
私、立ち上がったよ!
――と思ったらバランスを崩した。
ぎゃー!
慌てて蔓を伸ばし、崖の出っ張りに巻き付ける。
あ、あぶなっ!
身体の半分くらいが宙に投げ出された状態で停止する。
危うくこの高さから落ちるとこだったわ。
蔓を引っ張って身体を岩棚の上に戻す。
今度は根っこの真ん中辺りを地面に付けて、先端を少し持ち上げる。
タコみたいな格好だけど、意外と安定する。
うん、普段はこの姿勢でいよう。
さて、ようやく念願の移動手段が手に入った。
あとはこの岩棚から脱出するだけ!
崖の上方に顔を向ける。
で、どうやってこれ登ろうか?
まずは無難に手足を使ってよじ登ってみる?
でもこれ……まあいいや、やってみよう。
崖に手を伸ばす。
出っ張った岩に手をかけ、根っこも伸ばすが、腰にある花が邪魔になる。
ですよねー。
花は多少は曲がるけど、この状態で登りたくはない。
はい、次。
蔓を伸ばして持ち上げるのはどうだろう?
私の『茨の蔓』は二メートルほど伸びる。
そして崖の頂上までは三、四メートルほど。
上の方の出っ張りに巻き付けて、そこを支点に身体を持ち上げれば届くはずだ。
問題は蔓がそこまでの重量を持ち上げられるかだけど……。
まあ、さっき落ちそうになったとき支えられたし、大丈夫でしょ。
崖の方へ身体を向けると、前二本の蔓を限界まで伸ばして、高い位置にある岩へ巻き付ける。
念のため後ろの一本は違うところに巻き付け、もう一本は待機。
よし、準備万端!
ゆっくりと蔓に力を込めていく。
フワッと身体が持ち上がる浮遊感。
目の前の岩肌が下へと流れる。
うん、大丈夫そう。
半分を過ぎたあたりで、違う岩に巻き付けていた蔓を戻す。
その後も特に問題なく、私の身体は崖の頂上へとたどり着いた。
ぐるりと見渡す。
崖の上は、下と同じく鬱蒼とした森が先まで広がっていた。
うん。
分かってたよ。
岩棚からも木の頭が見えてたし。
実は近くに人が住んでました、なんて期待してないよ。
あー。
でも、そうか。
私は勝手に思い込んでいたけど、この世界に人間という種族がいる保証はないんだ。
モンスターしか存在しない世界。
十分あり得る。
……なんか先へ進むのが怖くなってきた。
もし、どこまで行っても森だったら?
森を抜けた先も別の何かが広がっているだけだったら?
そしてその果てに、何もなかったら?
そんな想像が湧いては消えを繰り返す。
…………。
うがーーー!!
やめだやめっ!
「もし」を考えても仕方がない。
今は進むしか選択肢はないんだ。
どうせならポジティブにいこう。
空を見上げる。
太陽はまだ登ったばかりだ。